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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)181号 判決 1978年10月31日

控訴人 国

訴訟代理人 斎藤健 福岡右武 ほか四名

被控訴人 中野民主商工会 ほか二名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人らとの間に生じた部分は、被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人代理人は、主文第一、二項同旨及び「訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、削除、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  訂正、削除

1  原判決四枚目裏末行目の「被告ら」を「被告国」と改め、同行目の「連帯して」、五枚目表二行目の「被告今村」から同五行目の「掲載せよ。」までをそれぞれ削り、同五行目、同七行目の各「被告ら」を「被告国」とそれぞれ改め、同八行目の「および被告今村朝男」を削る。

2  原判決六枚目表四行目から同六行目までを削り、同七行目の「(四)」を「(三)」と改め、同一〇行目から同裏二行目までを削り、同三行目の「今村署長」を「今村朝男(以下「今村署長」という。)と改め、同三行目の次に「1 今村署長 今村朝男は、大蔵事務官であつて、昭和三七年七月一〇日から昭和三九年七月一日まで中野税務署長の職にあつたものである。」を加え、同四行目の「1」を「2」と、八枚目裏四行目の「2」を「3」とそれぞれ改め、九枚目表五行目の「河田」の前に「中野民商」を加え、同裏二行目の「、益田正男」を削り、一〇枚目表三行目の「被告ら」を「被告国」と改め、同六行目の「加えたものであるから、」の次に「被告国は、原告らに対してこれを賠償する責任がある。」を加え、同六行目の「今村署長」から同九行目の「責任がある。」までを削り、同末行目の「被告ら」を「被告国」と改め、同裏一行目の「被告らは連帯して原告らに対し」を削り、同四行目の「なすべきこと」の次に「を求める。」を加え、同四行目の「、ならびに」から同六行目までを削る。

3  原判決一〇枚目裏八行目の「および被告今村」を削り、同末行目の「(二)ないし(五)」を「(二)、(三)」と改め、一一枚目表二行目の「1」の次に「、2」を加え、同三行目の「2」を「3」と、一三枚目裏六行目の「二(二)」を「二2(二)」と、同八行目の「被告ら」を「被告国」とそれぞれ改め、同九行目の「なお」から一四枚目表三行目までを削り、一七枚目表五行目の「被告ら」を「被告国」と改め、同六行目の「および被告今村」を削り、同裏六行目の「原告」の次に「ら」を加える。

4  原判決一八枚目裏四行目の「各一および二」の次に「各印刷部分及び」を、同九行目の「および」の次に「原審における」をそれぞれ加え、五八枚目表一行目から同裏末行目までを削る。

二  被控訴人らの主張

1  被控訴人中野民主商工会(以下「被控訴人中野民商」若しくは「中野民商」という。)の法的性格及び活動について

(一)  中野民商の法的性格について

今次敗戦直後の昭和二二年、全国各地において、中小商工業者を圧迫している重税等を打開し、自らの営業と生活を守ることを目的として、何某納税民主化同盟、何某生活擁護同盟等と呼称する右業者の互助組織が結成された。

中野民商は、中小商工業者の営業と生活を守ること等を目的として、中野区内の零細な商工業者によつて組織される団体であつて、昭和二三年八月一八日、結成され、昭和三八年六月当時、会員数一二〇〇名に達し、事務局員二四名を有し、その法的性格は、いわゆる権利能力なき社団であり、憲法第二一条の保障する結社である。

なお、昭和二六年一一月に至り、中野民商を含む右各団体を統合する全国組織として、全国商工団体連合会(以下「全商連」という。)が結成されたが、今日、その会員数は約三二万名に達している。

(二)  中野民商の活動について

中野民商は、中小商工業者の営業と生活を守るという目的のもとに、その活動の主要な目標を、全商連の運動方針にも沿つて、不公平な税制の改革の要求を運動化すること及び不当な税務行政に対する改善、是正を求める運動をすることとし、そのほか税金に関する研究と相談指導を組織化すること等をも目標とした。

中野民商は、右目標の具体化として、次の行動をした。

(1) 税制改革の要求

国税庁や国会に対し、(イ) 個人事業税を撤廃若しくは軽減すること、(ロ) 取引高税を廃止すること、(ハ) 事業主及び家族専従者の自家労賃を給与として経費に算入することを認めること、(ニ) 国税通則法創設に関し、納税者の権利擁護を図ること、(ホ) 固定資産税の増額をしないこと、(ヘ) 売上税、付加価値税を新設しないこと等を要求し、数多くの成果を挙げた。

(2) 税務行政民主化の要求

税務署長等に対し(イ) 納税「お知らせ制度」による標準効率表の一方的適用をしないこと、(ロ) 不当な推計課税をしないこと、 (ハ) 家宅捜索まがいの権力的調査を改善すること、(ニ) 調査に際し事前通知をし、会員や事務局員の立会を認めること等を要求した。

(3) 税務知識のかん養、学習

各会員に対し、自主申告制度貫徹のため、税務知識をかん養し、自分の営業内容を明確に把握すること等を指導し、記帳講習会、税務講習会等を開催した。

(4) その他

(イ) 融資、社会保障面における諸活動、(ロ) 納税貯蓄組合の結成、(ハ) 経営指導、法律相談、求人対策等の推進、(ニ) 原水爆禁止運動、警察官職務執行法反対、安保条約反対等の平和と民主主義を求める運動をした。

2  今村朝男(以下「今村署長」という。)の職務行為の違法性について

(一)  今村署長の行為の実態について

(1) 調査

(イ) 一斉調査

一斉調査は、中野民商会員のうち、個人に対しては昭和三八年九月四日から、法人に対しては同年九月一〇日から、それぞれ開始された。植松東京国税局直税部長は、その調査方法について、調査におもむく職員の数は場合により二ないし三名一組とすること、中野民商事務局員及び会員の立会を排除すること、調査妨害があつたものについては徹底的な調査をすることを指示した。この指示に基づいて、中野税務署においては、今村署長が中野民商会員の調査にあたつては、事前通知はしないこと、二、三名が一組となつて調査を行うこと、当該会員以外の中野民商会員及び事務局員の立会を認めないこと、調査は途中で打ち切らず、最後まで行うことの指示を与えた。右指示により一斉調査の対象に選定された会員は、当初、個人五五件、法人四六件、合計一〇一件であり、その後、件数は急増し、同年一一月二〇日までには全会員(一〇〇〇数件)に及んだ。

なお、調査形態は、臨場調査と反面調査(以下、右各調査を「本件調査しという。)に分れる。

(ロ) 臨場調査

今村署長の右指示に基づき、中野税務署員(以下「署員」ともいう。)は、二、三名が一組となつて、同年九月四日から連日にわたり、一日について中野民商会員四、五名に対し同時に臨場調査を行うこととなつた。ところで、右調査にあたつては、署員は、これまで慣行化していた事前通知をせず、会員の都合を全く無視して、その店舗や居宅に立ち入り、長時間にわたつて調査し、三日間位、連続して調査をすることもしばしばあり、外出予定の者、病床にある者から調査日の変更を求められても、一切これを認めなかつた。また、署員は、右調査にあたり、中野民商会員及び事務局員の立会を拒否し、同年九月末からは一切の同席、立会を禁止し、署員二、三名で被調査者を取り囲み、一名がメモをとり、他の者が従業員の預金通帳や子供の財布まであけさせるといつた調査を、数日間にわたり、連続的に行つた。このような調査を受けた中野民商会員は、会員の半数を超えたところ、多くの会員は、中野民商に入会していることに著しい心理的不安を感ずるに至つた。

(ハ) 反面調査

反面調査は、中野民商会員の取引先、仕入先、取引銀行及び信用金庫、家族、従業員はもとより、取引関係のない同業者にまで及ぶ広範囲のもので、その対象件数は、取引先関係で一会員について一〇数軒ないし数一〇軒に及ぶ場合があり、しかも、署員は、なお、同業者、取引先の調査に際し、会員の中傷非難をしばしば行い、右調査について会員の同意を得ることなく、全く抜打ち的に行つたのである。このような調査を受けた中野民商会員は、その信用上、大きな不利益を被つた。

(ニ) 調査に藉口する脱会強要

署員は、臨場調査若しくは中野税務署内における調査に際し、中野民商会員に対し公然に若しくは暗に「中野民商を脱会すれば、調査にも手心を加え、無理な課税はしない。」と示唆し、更に、同年一一月に入ると、概況調査と称して、多数の会員を個別に訪問し、会員に対し「中野民商に入つていても、なんの利益もない。」などと述べ、脱会を勧告し、強要した。

(2) 文書送付

今村署長は、昭和三八年一〇日二八日ころ、渡辺忠など数名の中野民商会員に対し同日付文書<証拠省略>を送付し、次いで、同年一一月六日ころ、全会員に対し同日付文書<証拠省略>を送付した(以下、右各文書を「本件文書」という。)。

(二)  今村署長の行為の違法性について

(1) 本件調査の違法性

(イ) 本件調査は、中野民商の結社破壊の意図、目的をもつてされ、憲法第一三条、第二一条に違反する調査である。

控訴人の原審における昭和三九年七月二七日付準備書面による主張にもあるとおり、「国税庁長官は、この際、民主商工会会員に対し、従前よりも更に毅然たる態度で徹底した調査を行う必要があるものと認め、昭和三八年五月その旨を全国に指示し、東京国税局においても、右長官の指示を受け、管内各税務署の実情を考察して統一した要領に従い、同一の歩調で同会員に対する調査を行うよう指示し、中野税務署においても、同年九月四日以降、中野民商会員に対し調査が開始された」のであつて、今村署長の指示に基づく本件調査も右の趣旨に沿つて行われたものである。しかも、本件調査は、専ら中野民商会員のみを調査対象とするものであり、調査にあたつては、あらかじめ会員の申告書を非会員のそれと区別して特別扱いしたうえ、調査対象者も国税当局が選定したが、その選定にあたつては、その申告の是非に関係なく、会員であるというだけで調査対象とし、特に東京国税局管内の他署である広島、金沢等の管内から特別に動員した職員に調査を行わせたのである。昭和三八年一〇月三一日付直税部長会議資料によれば、中野民商会員一二〇〇名のうち五割以上の者が要処理人員、調査対象者に選定されていることが明らかであり、概況調査を含めると、調査はほぼ全会員に及んでいる。そして、調査の方法も従来、中野民商と中野税務署との間で確立されていた申告納税制度を円満にさせるための話合いや事務協力等の慣行を一方的に破壊し、強圧的、権力的な態様で行われ、中野民商会員の営業活動の自由や生活上の平穏等を著しく侵害するものであつた。

右のとおりであつて、本件調査は、調査対象者を中野民商から脱会させ、中野民商の組織を破壊ないし弱体化する意図、目的のもとに行われたものであり、憲法第二一条の保障する結社権を侵害するものとして違法である。

(ロ) 本件調査は、今村署長の職権濫用であり、違法である。

以上述べたように、今村署長の指示に基づく本件調査は、中野民商の組織を破壊ないし弱体化することを目的とした行為であるが、このような行為は、国家公務員法第九六条に規定する「職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務」するという服務の根本基準、同法第九八条に規定する法令を遵守する義務及び同法第一〇五条に規定する職務範囲に違背し、その権限を濫用する違法なものである。けだし、税務署長も、公務員として、憲法第二一条に規定する国民の結社の自由を厳に尊重し、擁護すべき義務を負うものだからである(憲法第九九条)。

(ハ) 結社権侵害と国家賠償法第一条の「違法」との関係

以上述べたように、今村署長の職務行為は、憲法第二一条、第九九条、国家公務員法第九六条、第九八条、第一〇五条に照らし、違憲違法であり、国家賠償法第一条の「違法な職務行為」であるのみならず、右の各規定にその違法性の根拠を求めなくても、同署長の行為の違法性は明らかである。

すなわち、国家賠償法第一条に規定する違法とは、厳密な法規違反を指すのではなく、公序良俗違反とか不正を含め、その行為が客観的に正当性を有しないことを意味する。したがつて、公権力の行使が法に反して行われた場合及び法の根拠を有しない場合には、その公権力の行使による法益侵害は常に違法であり、ある法益侵害が許された行為であるかどうかは単に明文の規定のみによつて律せられるものではなく、人権の尊重、権利の濫用、信義誠実、公序良俗等に関する諸原則が、当然その判断基準となるのである。ところで、今村署長の行為は、憲法第二一条によつて保障された結社としての中野民商の組織破壊を意図し、これを実行したものであるが、これは、国家公務員法、大蔵省設置法等による税務署長の職務権限規定が予想しない行為であり、違憲違法なものである。

(ニ) 質問検査権自体の違憲性、違法性

(A) 税法に規定する質間検査権(以下「検査権」ともいう。)は、次の三つに区分できる。

第一は実体法上の検査権であつて、所得税法第二三四条、法人税法第一五三条以下に規定する更正、決定、賦課決定等の課税処分を行うためのものであり、第二は滞納処分のための検査権であり、国税徴収法第一四一条以下に規定され、滞納処分のため滞納者の財産を調査するために認められるものであり、第三は犯則事件のための検査権であり、国税犯則取締法第一条以下に規定されているものである。

右三つの検査権の性格、目的、要件がそれぞれ異なることはいうまでもない。すなわち、右第二の滞納処分のための検査権は、国税の徴収手続として行われ、税額確定のためのものではなく、右第三の犯則事件のための検査権は、犯則事件の通告処分又は告発を目的として、その証ひようを発見するために認められるもので、刑事捜査手続とも同視すべき綿密かつ強力な調査権限であるのに対し、右第一の実体法上の検査権は、租税債権を第二次的に確定するために認められ、課税処分を行うための資料を得るという純粋に行政目的のためのものであり、他の二つの検査権とは性格、目的、要件を全く異にするものである。事業所得について申告納税制度をとつているわが国の場合、課税標準及び税額を第一次的に確定するのは納税者自身であり、税務署長は、申告がない場合や申告漏れがあるなど、納税者が納税義務に基づく適正な申告をしていない場合に、はじめて、その是正のため、第二次的に調査をすることができるのである。

このように実体上の検査権は、申告納税制度の欠陥を補完して税法の目的とする適正な課税を担保するために認められるものであるから、その発動に際しては、申告納税制度の趣旨と矛盾を来たさないように慎重を期すべきであつて、納税者の基本的人権を侵害することは許されないのである。そして、右検査権の性格を論ずるにあたつては、憲法第三〇条の納税義務のみを強調し、同条の「法律の定めるところにより」との文言を無視することは誤りというべきである。

なお、実体法上の調査権は、前述のように、適正な課税処分を行うための資料を得るためのものであるが、課税処分のための行政上の調査は、更に二つに分れる。その一つは所得税法第二三四条、法人税法第一五三条以下の税法に規定する検査権の行使として行われるものであり、他は右以外の純粋な任意調査である。

この任意調査の法的性格については問題の存するところであるが、明文の根拠をもたない行政指導として、とらえるほかはない。そうすると、純粋な任意調査は、自ら行政指導としての性格からくる制約を免れず、憲法その他の法令に違反してはならないことはもちろん、その行政機関の目的、任務、所掌事務、権限の枠を越えてはならず、行政行為の比例原則、平等原則、信義、誠実の原則に違反することも許されず、相手方たる納税者は、調査を受忍する義務を負わず、調査に応じなくても、法律上不利益を受けることはない。なお、調査にあたり、純粋な任意調査であるか間接強制の伴う調査であるかは、被調査者に知らされるべきであり、税務署員が、その区別を事前に通知しないときは、被調査者側から、その区別を税務署員に対し確認しうるものであるとの見解もある。

(B) 質問検査権に関する所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の昭和二二年法律第二七号、以下「旧所得税法」という。)第六三条、法人税法(昭和四〇年法律第三四条による改正前の昭和二二年法律第二八号、以下「旧法人税法」という。)第四五条、第四六条の各規定は違憲である。

<1> 憲法第一三条、第一一条違反について

憲法第一三条、第一一条は基本的人権の永久不可侵性を保障しているから、基本的人権と矛盾する可能性のある権力作用について法令がその規定を置くときは、厳格な目的、要件、効果を定め、類推解釈や濫用を許さないようにしなければならない。

ところで、税務署員の調査を受ける者は、本来専念すべき営業活動を一時停止しなければならず、その結果、営業活動の時間をさかれ、あるいは私生活の平穏を害されることとなつて、他の納税者に比し、相対的に不利益を受け、更に、調査に応じない場合には、一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金という制裁が予定されているため、結局調査に応じることを余儀なくされる。しかして、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は、右のように、納税者の上に絶大な権力を振う税務署員の行う調査について規定するものであるが、質問検査権行使の要件については、なんら条文上、明確な基準を示さず、わずかに「調査について必要があるとき」という限定を掲げているのみである。しかも、ここにいう「必要」の意味内容やその有無の認識、判断は、実務上極めて抽象化され、粗雑な理解が横行し、そのために右の限定も質問検査権の行使を制約する原理としては役立たず、質問検査権の行使は、収税官吏の全面的な専断と恣意に委ねられ、国民の営業活動の自由や私生活の自由、平穏を脅かしているのである。ちなみに、国民の私生活の平穏を侵害する危険のある場合、たとえば警察官の権力の行使については、法律により厳格な基準が設けられていることと対比してみても(警察官職務執行法第一条、第二条)、質問検査権の行使を規定する条文の不完全さが明らかとなる。

以上のように、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は、罰則の威嚇を伴う質問検査権の行使についてなんら具体的で明確な制約を規定しておらず、その結果、質問検査権は収税官吏によつて濫用され、国民の営業活動の自由や私生活の自由、平穏を追求する国民の基本的権利を侵害しているから、いずれも憲法第一三条、第一一条に違反するものである。

<2> 憲法第三五条、第三八条違反について

憲法第三五条は国民の住居の不可侵及び捜索又は押収を受けることのない権利を、基本的人権として保障している。ところで、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は、調査にあたり収税官吏が納税者の住居に立ち入り、納税者等の所持する物件を検査することができ、これに従わない者に対しては刑罰を科することを規定しているが、右の立入や検査について裁判官の許可令状を必要とする旨を規定していないから、右各規定は、憲法第三五条に違反する。なお、同条は刑事手続以外に本来的な適用はないとの見解があるが、このように限定的に解する根拠はない。

仮に憲法第三五条が刑事手続以外に本来的な適用はないとの見解に立つても、国家権力と国民の権利が相対する場面でその準用を排する理由はないのであつて、収税官吏の質問検査に対しては、国民の人権保障の観点から同条の適用ないし準用が考えられなければならない。

また、刑事手続上の捜索又は押収と収税手続上の捜査とを対比すれば、検査の結果、国民の権利が侵害される範囲はより広く、これに対する規制が強く要請されることは明らかである。

次に、憲法第三八条第一項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と規定している、これに対し旧所得税法第三六条、旧法人税法第四五条、第四六条は、収税官吏は租税に関する調査について必要があるときは所定の者に質問することができる旨を規定し この質問に答弁しない者に対する罰則を規定している。この調査は、納税者の申告に疑いを持ち、これを否認して更正することを終局の目的とするものであるから、このための質問に対する答弁は、一般に納税者にとつて不利益な内容であることは推測にかたくない。したがつて、罰則の威嚇を伴う検査権を規定する旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は、不利益供述強制の禁止を規定する憲法第三八条第一項に違反し、無効である。

<3> 憲法第三〇条、第八四条、第三一条違反について

憲法第三〇条、第八四条は、いずれも租税法律主義の原則を明らかにしたものである。ところで、国は国会によつて議決された法律に基づかない限り、国民に租税を課することはできないのであり、租税の種類、根拠のみならず、納税義務者、課税物件、課税標準及び税率のすべてが法律によつて明確に定められなけばならないのは当然である。そして、質問検査権の規定もこれと同様というべきである。租税法律主義とは、単に形式上、法律に条文上の根拠があれば足りるというものではなく、国民がいかなる場合に、国の租税権力の行使を受けるかを十分予測しうる程度に明確な形で国民の前に示されていなければならないのである。その観点に立つて旧所得税法、旧法人税法の質問検査権の各規定をみると、収税官吏による権限行使の明確な規律がないことは前述のとおりであつて、結局、同規定は、憲法第三〇条、第八四条の趣旨に反するものといわざるをえない。

次に、旧所得税法第六三条、同法人税法第四五条、第四六条の質問検査権の規定は、納税者その他所定の者がこれに応じなかつた場合には、その者に刑罰を科するものであるから、犯罪構成要件としての意義を持つものであるが、刑罰法規としての側面からこれをみると、その内容が極めて不明確であつて、次の二点において、憲法第三一条に違反する。

まず、第一の点は、旧所得税法第六三条において、質問検査権行使の対象となる「納税義務者」、「納税義務があると認められる者」の概念が不明確であり、旧所得税法の中には、これらについての明確な定義が示されていない。また、第二点は、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は所得税、法人税に関する調査について「必要があるとき」は質問検査権を行使することができる旨を規定しているが、この必要性についてもその内容が明らかでなく、「必要性」の有無の判断にあたつての客観的な基準は全く示されていない。したがつて、右必要性は、実際においては税務署長あるいは署員の主観的かつ一方的な判断に委ねられることになり、なんら権限行使の制約原理となりえないものである。

(ホ) 税務署員による中野民商会員に対する本件質間検査権の行使は、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条の要件を欠き、違法である。

まず、所得税法の場合についてみるのに、所得税は暦年終了のとき納税義務が成立し、確定申告期限内に確定申告をすることによつて、この納税義務の内容である税額が確定するのが原則である(国税通則法第一六条)。したがつて、国が申告に基づかずに税額を確定するのは例外であつて、申告のなかつた場合あるいは申告書の内容に誤りがあり、国で調査したところと異なる場合に限られ、これらの場合には、決定又は更正により申告とは別に税額が確定することになる(同法第二四条、第二五条)。

ところで、旧所得税法第六三条の「納税義務者」、「納税義務があると認められる者」にいう「納税義務」とは、同法第一条に「住所を有し又は居所を有する個人は、所得税を納める義務がある。」と規定されているような、極めて抽象的、一般的な意味のものではなく、特定の年度分における「納税義務」であることは明らかである。また、この「納税義務」は、暦年終了とともに所得に相応して観念的に成立するのみで、いまだ具体的に税額が確定されていない程度の抽象的義務でないことも多言を要しない。なぜならば、右のように解しないと、後記の「納税義務があると認められる者」との区別がなくなり、二つの概念を併立させる意味が失われてしまうからである。したがつて、右「納税義務」とは、税額が確定した具体的な納税義務と解さざるをえない。そして、このような見解に立つならば、具体的納税義務とは、申告の義務が果たされたことによつて確定した税額を納付すべき義務にほかならないが、納税者が自己の計算に基づいて申告し、その申告した税額を納付すれば、義務は完全に履行されたことになり、その確定した限りにおいて、納税義務は消滅するのである。すなわち申告した税額の納付をすませた者は、質問検査権の対象となるべき「納税義務者」にあたらないことが明白である。

また、確定申告のみで、いまだその税額を納付していないものであつても、その場合の「納税義務」は納付義務にほかならないのであるから、所得税法による課税標準や税額確定のための質問検査権の対象となりえないというべきである。納税義務が履行されない場合に、国税徴収法第一四一条の質問検査権の行使がありうるのは当然であるが、具体的納税義務、すなわち確定した税額の納付義務について所得税法の質問検査権の行使はありえない。要するに、確定申告を行つた者は所得税法の質問検査権の対象たる「納税義務者」にあたらないというべきである。

次に、「納税義務があると認められる者」とは、「納税義務者」について述べたところから、自ら明らかといわなければならない。すなわち、申告納税方式のもとにおいては、納税義務の成立と確定の手続が区別され、確定をまつてはじめて納税義務が具体化するのであるから、ここにいう「納税義務があると認められる者」とは、抽象的に納税義務が成立していると認められる者で、いまだ課税標準及び税額が確定していない場合であることはいうまでもない。したがつて、所得があるのに、申告のない者及び申告はしたが、それ以外にも所得があり、決定又は更正によつて新たに税額を確定する必要のある者がこれにあたるわけである。

ところで、申告納税方式の建前をとる以上、納税者の申告がまず尊重されるべきであることは当然であるから、更正等の必要がある場合、すなわち「納税義務があると認められる者」というためには、単に納税義務の存在の可能性だけでは足りないのであつて、具体的な根拠により、納税義務の存在についての蓋然性が認められる場合でなければならないのである。換言すれば、納税者の申告によつて税額を確定すべき申告納税制度の原則をくつがえして、国が例外的な確定方式である決定、更正を行うために質問検査権を行使するに際しては、その要件として、それ相当の合理的根拠ないし必然性がなければならないのである。単に漠然とした疑念や憶測のみで、納税者に対し網をかぶせるような質問をし、あるいは検査に応ずることを要求することは許されない。

次に法人税の場合についてみるのに、旧法人税法第四五条、第四六条によれば、法文上は申告の有無に関係なく、質問検査ができるようであるが、法人の場合、納税義務は事業年度終了時において成立し、申告は義務的である。したがつて、法人は、申告して納税すれば、義務の履行は完了し、申告のみでいまだ税額の納付がない場合でも、申告の限りでは、課税標準及び税額は確定していることになる。申告がない場合又は申告内容以上に、客観的な資料により、納税義務があると認められる蓋然性があるときに限り、質問検査権行使の対象となりうるにすぎないのである。

本件において、質問検査権の行使を受けた中野民商会員らは、いずれも申告を行い、税を納付しているのであるから、「納税義務者」ではありえないわけであり、また、中野税務署において、当該会員である納税者が申告以外に所得があることを客観的に推測させるに足りる具体的資料を有せず、右推測の合理的根拠もなかつたから、右会員は「納税義務があると認められる者」でもないわけである。したがつて、中野民商会員に対し一斉に行われた本件質問検査権の行使は、すべて要件を具備せず、違法なものである。

のみならず、本件質問検査権の行使は、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条に掲げる「必要があるとき」という要件をも具備していないので、その点においても違法である。すなわち、右の各条文における「必要があるとき」という意味は、課税処分にかかる調査において、課税所得があるのに申告がないか、あるいは申告があつても適正でないとの合理的な疑いがあり、しかも質問検査という権限行使の方法によらなければ、右調査の目的を達成できないという客観的な必要性がある場合をいう趣旨と解すべきである。そして、反面調査については、右の必要性の要件は一層厳格に解されるべきであり、右調査は、納税者本人に対する質問検査を第一次的に行い、これを十分に尽くすことが必要であり、その結果、どうしても課税標準や税額等の内容を把握できず、反面調査のほかに方法がない場合に限り、その限度において、許容されるものと解すべきである。ちなみに、最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定も右質問検査が許されるのは「調査権限を有する税務職員において、諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合」であることを掲げており、右必要性が客観性を有することを当然のこととしている。

また、右の「必要があるとき」という意味は、前述の質問検査権行使の前提条件である決定又は更正によつて納税義務を確定する必要とは別に、具体的な質問検査の行為、その方法が最少必要限度欠くべからだるものであり、かつ、相当なものでなければならないことを明らかにした趣旨と解すべきである。ちなみに、前記最高裁判所決定は、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているもの」としているのである。したがつて、税務職員は、納税者に対し調査実施の日時場所を事前に通知し、調査の合理的な理由、その具体的な内容等を告知し、当該事項について必要な限度において質問を発し、検査に応ずることを求めるべきである。そして、その態様、方法も私的利益との衡量を保持すべきものでなければならないから、たとえば、単に包括的に帳簿書類一切をみせることを要求したり、得意先、仕入先全部の住所氏名を告げることを要求することは許されないのであつて、呈示を求める帳簿あるいはその記載事項及び告知を求める目的事項を明確に特定することが必要である。

以上のことは、検査権の要件と申告納税制度との関連において検討してみると、一層明瞭となる。申告納税制度のもとでは納付すべき税額は納税者の申告により確定するのが原則である。そこでは税務官庁の更正、決定には第二次的、補充的な地位しか与えられていない。納税者は、適正な申告をしている限り、適正な課税を受けるものであつて、質問検査権の行使を受けることにより税法上の不利益を受けることは原則としてありえず、納税者が適正な申告をしていない場合に限り、検査権の発動を許していると解すべきであり、このように解さなければ、申告納税制度の精神及び国税通則法第一六条等の関連矛盾を生ずることとなる。したがつて、質問検査権は、申告が全くないが、客観的資料等から申告の義務がある場合、申告はあるが、その記載から計算の誤りがある場合、申告記載の税額の計算が他の客観的資料等からみて誤つていることを疑うに足りる合理性がある場合に、所得を把握するのに必要な限度で、その行使が許されるものと解すべきである。されば、いわゆる事前調査は法律上許されず、事後調査にあたつては申告の誤りを指摘できる程度の客観的資料等を備えることを必要とする。

本件調査においては、このような客観的な必要性の基準に従つた調査は行われず、ただ、一般的、包括的な網をかぶせて申告漏れを探すための「所得の洗い直し」としての調査が行われたのであつて、とうてい適法な調査ということはできない。特に被控訴人有限会社鳥平(以下「被控訴人鳥平」という。)に関する一斉照会調査がその要件である必要性ないし相当性を欠くことは明らかである。

(へ) 質問検査権の行使が納税者の営業活動の自由や私生活の平穏を著しく侵害する方法、態様で行われることは違法である。

質問検査権の行使は、間接強制と罰則を伴い、納税者に不利益をもたらすものであるから、それが税務職員の恣意に委ねられ、納税者の営業活動の自由や私生活の平穏を著しく侵害する方法、態様で行われる場合には、質問検査権自体の違憲性、違法性、行使の要件の充足等を論ずるまでもなく、それが違法であることは明らかである。本件調査における質問検査権の行使が前記2、(二)、(1)、(イ)、(ロ)で述べたような意図をもつて行われた以上、それが違法であることはいうまでもない。

(2) 文書送付の違法性

(イ) 本件文書送付の違憲性、違法性

本件文書のうち昭和三八年一〇月二八日付文書は法人税調査中の中野民商会員に対して送付されたものであり、また、同年一一月六日付文書は広く中野民商会員に対して送付されたものであるところ、本件文書は、いずれも、その記載内容自体から明らかなように、中野民商を反税的行為をする団体であると中傷し、それからの脱会を強く示唆、勧奨するものである。特に、右一一月六日付文書は、当時、中野民商事務局員について発生していた刑事事件との索連を意図し、これを利用して中野民商の組織に対する揺さぶりを策したことが明らかである。

ところで、今村署長には右のような文書送付の権限はなく、それは中野民商の結社としての権利を侵害する違憲、違法な行為である。その理由については前記2、(二)、(1)、(イ)に述べたところと同一である。

(ロ) 本件文書送付は、今村署長の職権濫用であり、違法である。

中野民商は、控訴人主張のような不当な活動を行つた事実はないから、今村署長の本件文書送付の行為は、国家公務員法第九六条、第九八条、第一〇五条において規定する職務権限を濫用するものであつて違法であり、また、本件文書の内容、送付の方法、態様等からしても、税務署の広報活動として許容されうるものではない。

3  今村署長の故意、過失について

以上述べたところによれば、今村署長の指示に基づく本件調査及び文書送付は、専ら中野民商の組織の破壊ないし弱体化を意図し、かつ、前記昭和三八年一一月六日付文書送付は、被控訴人らの名誉権の侵害を意図したものであるから、これらによる被控訴人の権利の侵害は、同署長の故意によるものである。仮に同署長に故意がなかつたとしても、同署長は、職務上必要な注意を怠らなければ、これらにより被控訴人らが権利を侵害されることを容易に知ることができたものであるから、同署長には重大な過失がある。

4  中野民商側の被つた損害について

(一)  結社権の侵害について

憲法第二一条の保障する結社権は、永久不可侵の権利であり、その権利内容は、<イ> 結社をつくる自由と権利であり、<ロ> つくられた結社に加入、参加する自由と権利であり、<ハ> つくられた結社の組織を強め、これを拡大する自由と権利であり、<ニ> 結社の目的に沿う一切の活動をする自由と権利であると解される。そして、右<ロ>、<ハ>、<ニ>に対する国家権力の介入行為は、国民個人の保有する結社権に対する介入行為であると同時に結社自体に対する介入行為ともなる。原判決は、これを「個人が結社することならびに結社された団体、結社自身および団体構成分子である個人が団体を通じてそれぞれの意思を表現する自由」というが、ここでの表現の自由の保障とは、「団体意思の形成と団体意思の表現を通じての団体構成員の意思表現を保障すること」にその特質を見出しうるのである。したがつて、公権力は、原則として私人の結社行為又は結社された団体の意思形成行為を抑制したり、これに介入したりしてはならないのである。

本件において、今村署長が前述のように結社組織の破壊ないし弱体化を意図し、それを招来するようにしてした一連の諸行為は、結社行為をする中野民商会員個人に対する加害行為であると同時に結社自身である中野民商に対する重大な加害行為である。その結果として、中野民商においては、短期間に脱会者が続出し、控訴人も認めるように、会員数は一二〇〇名から六〇〇名に激減した。これは、中野民商の結社としての表現行動の価値を著しく減少させるものであり、重大な損害を発生させる結社権侵害の一態様であることが明らかである。

(二)  名誉権の侵害について

法人に名誉権があることは判例学説上、異論がなく、中野民商のような法人格のない社団も、それが独自の社会的活動を行い、一定の社会的評価を有する以上、法人に対すると同様、それに対する名誉毀損が成立する点も異論がない。そして、その場合の救済方法として、謝罪広告による方法が認められるほか、人格なき社団が、その社会的評価を害され、それによつて無形の損害を受けた場合には、厳密な意味での慰藉料とは別に金銭賠償を求めうるのである。

本件において、中野民商は、本件文書のうち昭和三八年一一月六日付文書の送付により、その社会的評価、名誉を著しく毀損されたものである。また、名誉権を侵害する行為が公共の利害を図る目的でされ、摘示された事実が真実であることが証明された場合、右行為の違法性が阻却されることがあるけれども、右文書は、その記載内容自体からして、真実に反し、事実を著しく歪曲し、中野民商を恣意的に中傷するにすぎず、しかも、右文書送付は、専ら中野民商の組織を破壊ないし弱体化する目的でされたものであるから、公益を図る目的を有しないものである。したがつて、右文書送付は、いずれの点からしても違法性が阻却されないものである。

5  控訴人の主張に対する反論について

(一)  中野民商の行動は反税的活動ではない。

わが国においては、昭和二二年の税制改革により、直接税全体にわたり、源泉徴収制を除き、自主申告納税制度を導入した。これによると、暦年(又は事業年度)終了時に納税義務が成立し、確定申告期限内に申告をすることによつて、納税義務の内容である税額が確定するのを原則とし、納税者の自主的な意思によつて納付すべき税額が確定する。

ところが、現実の税務行政は、串告納税制度についての認識に欠け、申告を税額決定資料の通知程度に考え、合理的理由を欠く事前調査、事後調査、更には推計に基づく一方的な課税額の押しつけを行つている。しかも、税務行政の根拠となる税法は難解を極め、実際の行政は通達を基礎に行われ、その内容も一般には完全に秘密とされている。このような状況のもとでは、税法の知識がなく、記帳能力にも限界がある中小零細業者にとつて、税務署員のいいなりにならないで、所得実額を正確に把握し、適正な税額を申告することは、ほとんど不可能であつた。

中野民商は、右のような現実の中で、税理士や計理士に依頼する能力にも欠ける零細業者が団結し、税法や税制についての正しい知識をもつことに努め、記帳能力等を高め合つて適正な納税額を把握し、一方的な不当課税に対抗できるように努力を重ねてきたのである。そして、中野民商は、これによつて、国民の租税負担が国民の担税能力に相応するものでなければならないという応能負担の原則ないし負担公平の原則(憲法第一四条参照)に適合した税制及び税務行政の確立をめざしたのである。また、中野民商は、右諸活動にあたり、税務署側に対し集団的圧力を加えたり、税務調査の妨害をしたりした事実はないのである。

なお、不当な税務行政に対しては、行政不服審査法に基づいて、国税通則法に不服審査に関する諸規定が設けられているが、一審である異議審理庁は処分庁である税務署自体であり、二審である協議団(本件当時)は国税庁の機関であることがらして、納税者は、右不服審査に関する申立によつては十分な権利救済を受けることができないのが現実である。

右のとおりであつて、中野民商は、租税を不当に免れることを目的として、税務行政に関する諸活動をしてきたものではないから、反税的活動をしたものではない。

(二)  中野民商の結社活動と集団行動は正当である。

控訴人の「反税的活動」に関する主張には、中野民商会員が集団で要請したり、抗議したり、交渉したりすること自体が違法、不当なもので、税務行政に不当な威圧を加えるものであるとの前提がある。

しかし、不当な税制、違法不当な課税処分、不当な税務行政について集団で是正を求め、要請をすること自体は、結社の権利として、当然のことであり、税制、税務に関し、結社権に基づく行動が、法の本質上、制限を受けるべき根拠はない。そうでなければ、行政権力に関する国民の側の集団的要請行動は、行政権の行使をゆがめるものとして、一切許されないということになろう。

また、適正であるべき行政がしばしば重大な過誤を犯し、国民の基本的人権を侵害することがあり、税務行政については、その実態が前述のようなものであるために、その是正を求める表現行動を集団的に提起することは、正当とされるのである。たとえば、一括申告という行動も、税務署側が、申告に際しての相談、指導に名を借りて、納税者の申告額に著しく干渉し、納税者がこれに反論する方法もないといつたことから行われることになるのであり、また、多数の会員を組織として結集させるために最も合理的で自然な方法でもある。

更に、結社の自由は、集団的な行動による表現行為を内在的に含み、この保障がなければ、結社権の保障はありえないともいえるから、右の集団行動は是認されるべきものである。

中野民商が行つてきた調査に対する事前連絡の要求、調査の立会、不当課税、不当税務行政についての交渉による是正は、現下の税制が自主申告納税制の立場に立ち、調査が任意調査である限り、納税者の都合、基本的人権を無視しては、ありえないことからして、全く当然のことであり、しかも、これらに関し調査妨害と目すべき事例は存在しなかつたのである。

三  控訴人の主張

1  控訴人の基本的見解について

(一)  結社権の侵害について

(1) 本件調査は、後述のように、中野民商会員について積年の弊風を除去し、専ら課税の適正、公平を図るため、個別的にも集団的にも調査の必要性があつたことに基づき行われたものであつて、その調査対象者の割合、調査の態様、反面調査の方法、調査の深度、質問検査権の行使のあり方等、いずれの点においても税務行政運営の一般的状況からみて特異視されるものではなく、また、中野民商会員に対する従来の調査の状況及び課税水準が低調であつたことからみても、当然の措置であり、適法な職務行為として行われたものである。本件調査がこのようなものである以上、それが違法性を欠くものであり、結社権の侵害についても故意過失がないものであることは多言を要しない。

次に、本件文書送付は、後述のように、税務署の正当な広報活動であり、適法な職務行為としてされたものであるから、不法行為の成立要件としての違法性、故意過失がないものである。

(2) いわゆる結社の自由は、表現の自由の一態様として認められているところであるが、なんらの制約もなく、無制限に認められるものではない。違法不当な目的を違法不当な手段方法によつて達成しようとする団体活動は、結社の自由の名のもとに正当化されるものではない。

ところで、中野民商の租税に関する活動の実態は、要約すれば、会員の租税負担を税法の定めるところよりも軽くするため、会員の申告については税務署に更正を行わせず、そのまま容認させようとし、そのため、集団の威力をもつて、組織的に税務署に圧力を加え、かつ、税務調査を忌避妨害するというものであつた。したがつて、中野民商の税務行政に関する活動は、目的も手段も違法不当であつて、結社の自由の名のもとに正当化されるものではない。

そして、中野民商において、昭和三八年一一月中に被控訴人ら主張のような脱会者があつたとしても、これは、中野民商の組織自体に内在する固有の原因から生じたものというべきである。すなわち、中野民商会員が中野民商に入会した主要な動機は、これに入会すれば、税務上必要な帳簿書類の作成を委嘱できるとか、安易に税金が安くなるとかを信じたこと等にあるが、その後、中野民商事務局においては、右のような帳簿書類を作成することがなく、かつ、昭和三八年一一月に中野民商の事務局員二名が公務執行妨害罪で逮捕されるという事態が発生し、これが報道機関によつて大々的に報道されたことから、会員らは、中野民商の活動が法秩序に対して挑戦的であるとの実態を認識し、一時に多数が脱会したのである。したがつて、右のように脱会者があつたことは、本件調査及び文書送付に基因するものではないから、これをもつて、被控訴人中野民商、同河田武雄及び同有限会社鳥平(以下「被控訴人鳥平」という。)の結社権の侵害にあたるということはできない。

(二)  名誉毀損について

今村署長がした本件文書送付は、後述のように、税務行政の適正な執行上やむをえずした正当な広報活動であつて、適法な職務行為であり、なんら違法性を有するものではなく、また、同文書記載の事実は、公共の利害に関する事実にかかるものであつて、すべて真実であり、かつ、その送付は納税義務の適正な実現を確保するという公益の目的に出たものであるから、当然、違法性を欠くものである。したがつて、本件文書送付は、被控訴人らの名誉権の侵害にあたるということはできない。

(三)  結び

以上述べたところから明らかなように、本件調査及び文書送付は、中野民商の組織を破壊ないし弱体化することを意図したものではなく、結社権の侵害及び名誉毀損のいずれに関しても、不法行為の成立する余地がないから、控訴人には損害賠償責任はないものというべきである。

2  本件調査開始前の中野民商の活動状況からみた本件調査の必要性について

(一)  本件調査開始前の中野民商の反税的活動の実態について

中野民商は、俗に民商発生の地といわれ、昭和二三年八月一八日結社以来、本件調査の開始に至るまで一貫して激烈な反税的活動を行つてきたものであつて、その活動は、上部団体である全商連の方針にも沿つて、「自主申告をつらぬく」という口実のもとに、会員の著しい過少申告が税務調査によつて是正されることを妨げるためのものにほかならなかつた。これらの行動を、その態様に従い、要約すると次のとおりである。

(1) 確定申告についての運動方針

中野民商は、確定申告についての運動方針を前記「自主申告をつらぬく」というスローガンに集約し、次のような行動をしてきた。

(イ) 確定申告書記載要件の故意不記載

中野民商は、所得税に関する確定申告書には所得金額のみを記載すべきことを運動方針としてきたため、会員の確定申告書には従前から各種所得の「所得金額の計算」欄には、ほぼ一貫して所得金額しか記載されず、「収入金額」、「必要経費」、「事業専従者控除額」の各欄は空白であつた。このような確定申告書を収受した収税官吏は、確定申告が内容的に適正かどうかを個別的に判断することができず、また、右確定申告は、旧所得税法第二六条第三項第四号にも違反する。

(ロ) 確定申告書の一括提出

中野民商は、昭和三五年ころから、その会員が前記のようにして作成した確定申告書を個別的に提出することを許さず、いわゆる一括提出又は一括申告の名のもとに、中野税務署に対し右申告書多数通を一挙に提出することとした。これは、収税官吏が、確定申告の際、会員である納税者と個別的に接触することを防止し、右申告書を申告どおり中野税務署に認めさせようとすることに主眼が置かれたものであつた。そして、中野民商は、確定申告書を提出した者に対しては、原則として、税法所定の質問検査をすることが許されないと主張するのである。

(2) 集団強請による威圧

中野民商の役員、事務局員らは、例年、税務の最盛期である確定申告時期に中野税務署長と団体交渉を行うと称し、多数の会員らを引き連れ、署員の制止を排して署内に乱入し、署長に面会を強要し、これを取り囲んだうえ、代表者の読み上げる決議文に拍手喝采を送ること等を繰り返していたほか、署長、所得税担当係長の罷免を要求したり、更正決定を白紙に返すことを要求してその通知書をまとめて突き返したり、担当職員を呼びつけて吊し上げたり、所得に対して一〇〇パーセント課税されると営業が成り立たないから、調査の際、考慮せよと迫つたりする事例が相当数存在した。そのほか、中野民商事務局員らが、更正決定に対する抗議とか調査方法に対する抗議とかいう口実のもとに、我物顔で中野税務署に出入し、担当職員を面罵し、威圧を加える程度のことは、日常茶飯事といつてよいほどであつた。

本件調査開始前の集団強請を列記すれば、別表のとおりである。

(3) 調査妨害等

中野民商は、税務署との間で、憲法第二八条に基づく団体交渉権があり、団体交渉による税務処理ができるとの基本的態度をとるが、右見解は是認できないものである。けだし、右団体交渉権は、使用者対被用者の関係においてのみ成立するものであり、それ以外の関係においては認められるものではないからである。しかるに、中野民商は、右見解に基づいて、税務調査が事務局員等の介在なく行われることを避ける方針をとり、次のような行動をしてきた。

すなわち、中野税務署において、調査着手前に中野民商会員に対し調査を行う旨を連絡した場合に、会員が調査を了承しているにもかかわらず、事務局員が調査の延期を要求してきたり、事務局員の都合を口実として調査日を延引したする事例が多数発生し、そのうちには調査予定日から五か月を経て、ようやく調査に着手することができた事例さえあつた。

また、中野民商会員に対する調査については、ほとんどの場合、事務局員や他の会員が同席して税務職員に対し暴言や脅迫的言辞を弄したり、中傷したり、反面調査をやめるように要請したりしたほか、大きな声で私語したり、税務職員の納税者に対する質問を邪魔したり、不答弁を納税者にそそのかしたり、調査に関係のない政治的な議論に税務職員を引き込もうとしたり、言を左右にして帳簿書類を提示しなかつたりした事例が多数発生した。

(4) その他

中野民商の反税的活動の例として、不当な宣伝活動、過少申告の指導等があげられる。

たとえば、中野民商が昭和三四年三月の所得税の確定申告時期に「確定申告は自主申告をつらぬこう」、「押付け課税の泣寝入りは絶対禁物」等のスローガンを大書した立看板を中野税務署の玄関脇に立てかけ、確定申告のため来署する納税者に対し税務署があたかも不当な押しつけ課税を行つているかのように宣伝し、中野民商の力を誇示しようとした事例や取引証拠書類を改ざんして過少申告の指導をしたり、申告書作成にあたつて過少申告をそそのかしたりした事例が存在した。

以上述べたような中野民商の活動状況からみれば、右活動は税務行政の運営に対する要求の表現行動というような尋常な域をはるかに越えたものであることは、明らかである。

(二)  中野民商の反税的活動が税務行政に及ぼした影響について

右に述べたような集団強請による威圧、調査妨害等が中野民商事務局員、会員らによつて行われてきたため、調査にあたる税務職員としては、会員に対する調査を敬遠する傾向が生じ、会員に対する調査割合は一般納税者に比して低く、また、調査をした場合にも内容が不十分なままに放置され、その結果、中野民商会員の課税水準は、一般納税者に比して相当低かつた。

その具体的な内容を要約して示せば、次のとおりである。

(1) 本件調査着手前における中野民商会員に対する調査割合

(個人分)

要処理人員 調査件数 調和割合

(括弧内は概況調査を除いた割合)

昭和三五年分

一般納税者 五〇三九 二五六〇 五一パーセント

(一三パーセント)

民商会員   四三三  一〇九 二五パーセント

(七パーセント)

昭和三六年分

一般納税者 五四九九 二四七九 四五パーセント

(九パーセント)

民商会員   六五一  一六〇 二五パーセント

(二パーセント)

なお、要処理人員とは、主として確定申告により納税すべき所得税額のある者(いわゆる有資格者)と確定申告により所得税の納付義務のなくなる者(いわゆる控除失格者)をいう。

(法人分)

昭和三六年事業年度(昭和三六年七月から昭和三七年六月まで)

法人数  調査件数 調査割合

一般法人   二九九一  九八一 三三パーセント

民商会員法人   八三   一七 二〇パーセント

なお、右の数字のうち昭和三五年分の個人の民商会員の要処理人員数四三三名は、当時中野税務署において民商会員として把握していた数字であるところ、原判決認定の会員数一二〇〇名には法人会員をも含むが、その数は中野税務署の把握では一〇〇名以下であり、会員の大部分は個人納税者であつたと考えられるから、実際の右要処理人員数は四三三名を上廻つており、このため、会員に対する実際の調査割合は右に述べた割合よりも更に低いものであつた可能性が大である。

更に、営業所得者(商工業者)と庶業所得者(医師、弁護士等の自由職業者)の調査割合は統計上明らかでないが、庶業所得のうちには源泉徴収制度の適用のあるものが多いこと等の理由で、庶業所得者の収入金額の把握は容易であり、このため庶業所得者に対する調査割合は、営業所得者に比し、格段に低い水準に止まつていたのが実情である。ところで、中野民商会員のほとんどの者は営業所得者であつたから、会員に対する一般納税者の調査割合を問題にする場合には、正確には営業所得者に対する調査割合を問題とすべきであるところ、そのようにした場合には、一般納税者のうち営業所得者に対する調査割合は、右に述べた数字よりも更に高いものとなるのが実情である。

(2) 中野民商会員の過少申告の実態

(イ) 所得税にかかる申告所得額の前年比

中野民商会員の営、庶業所得者の申告状況を一般納税者の申告状況と対比すれば、昭和三五年から昭和三七年までの各年分の申告所得金額の前年対比割合は、一般納税者が昭和三五年分一一三パーセント、昭和三六年分一一四パーセント、昭和三七年分一一三パーセントであるのに対し、会員が昭和三五、三六年分各一〇二パーセント、昭和三七年分一〇三パーセントで極めて低調であつた。なお、中野民商会員の申告水準が低調であつたことは、全商連の機関紙である全国商工新聞が会員の昭和三五年三月の所得税確定申告について「三月一二日に一括して二七三件提出し、六〇パーセントが税額ゼロで申告。一二日以前の呼出しには応じなかつた。」と報じていることからも明らかである。

(ロ) 同規模の同業者(鮮魚商及び米穀商)についての比較

中野税務署管内で鮮魚商を営む法人の申告状況についてみるのに、昭和三七年に事業年度が終了したもののうち一般納税者分は一四件中一三件が課税(黒字)申告をし、平均所得金額は一四万円、その前年比は一三〇パーセントであるのに対し、中野民商会員分は六件中三件が課税(黒字)申告をし、平均所得金額は三万六〇〇〇円、その前年比は八五パーセントという低調さであつた。また、これを同税務署管内で米穀商を営む法人についてみるのに、昭和三七年中に事業年度が終了したもののうち一般納税者分の課税(黒字)申告は一八件中一三件であるのに対し、中野民商会員分の課税(黒字)申告は四件中零件という低調さであつた。

(ハ) 事前調査額に対する申告額の割合

昭和三七年分の事前調査額に対する申告所得金額の割合についてみると、一般納税者分は一〇一ないし一〇二パーセントであるのに対し、中野民商会員分は八〇パーセントにすぎなかつた。

(ニ) 中野民商に加入直後の申告額の前年比

個人営、庶業所得者で中野民商に加入した年の申告所得金額は、その前年に比し、昭和三五年の加入者の場合は七〇パーセント、昭和三六年の加入者の場合は八一パーセント、昭和三七年の加入者の場合は七九パーセントとなつており、所得額が減少する結果を示している。

(ホ) 昭和三七年分所得税の事後調査の処理結果

中野民商会員に対する昭和三七年分所得税について事後調査を実施し、完結した件数は一〇七件であるが、申告額に対する調査額の割合は、所得金額で一九四パーセント、税額で五七三パーセントであつた。右の件数については、納税者本人の不服申立に基づく再調査、審査を経て、所得金額が確定(訴訟が提起されたものはない)。されたのであつて、右調査の結果は中野民商会員の著しい過少申告の実態を示すものということができる。

3  本件調査の適法性について

(一)  本件調査開始に至る経緯について

(1) 本件調査の必要性

今村署長は、就任以来、前述のような事情にかんがみ、中野民商会員の著しい低申告を放置することは、課税の公平を維持すべき職責を有するものとして、許されないことであり、適正な課税を実現するため、調査妨害等に屈せず、調査を行う必要性を痛感していた。けだし、調査妨害等によつて十分な調査ができず、その結果、課税水準が低下しているような事態を黙過すれば、単に中野民商会員と一般納税者との間の課税の不均衡が問題となるのみならず、ひいては一般的に正しい納税意識を維持するうえで重大な障害となるおそれがあり、更には税法が定める質問検査権に関する規定は死文となり、いたずらに中野民商の圧力によつて法秩序がゆがめられる結果となるからである。

ところで、民主商工会による調査妨害等とそれに基因する課税水準の低下という現象は全国各地にみられたところから、各地の税務署長は、かねてから上級官庁である国税局ないし国税庁に対し民主商工会会員等の納税非協力者に対する統一した調査方針についての指示を要望していた。かくて、昭和三八年五月、国税庁長官の指示が発せられたが、その内容は、民主商工会会員については、調査妨害等に屈することなく、必要な調査を行い、調査を途中で打ち切ることはせず、非協力行為に対しては毅然たる態度で臨み、一般納税者の信頼を得るべきことを指示するものであり、中野税務署においても、昭和三八年九月四日以降、中野民商会員に対する本件調査(質問検査)が開始されたのである。

(2) 調査対象の選定等

中野税務署においては、一般に税務調査の対象の選定については、次の基準によつて行つていた。すなわち、<1>事前調査の結果と申告額との間に開差があり、これについて合理的理由が見当らないもの、<2>同業者と比較して申告額が低調であると認められるもの、<3>収税官吏が入手した課税資料からみて調査を必要とするもの、<4>立地条件、従業員数、店舗状況等からみて申告額が低いもの、<5>長期にわたり調査をしていないもの、<6>景況がよいのに申告額が低いと認められるもの、<7>過去の調査が不十分であつたと認められるもの、<8>税務官吏の長年の経験からみて申告額が過少であると認められるもの等のいずれかにあたるもののうちから調査優先度の高いものを選定することとしていたのである。

中野税務署においては、昭和三八年九月から同年一二月までの所得税に関する調査(事後調査)について、右選定基準に従い、二八一件を選定したが、そのうち中野民商会員分は七二件であつた。また、同税務署においては、昭和三八年七月から昭和三九年六月までの一年間の事務年度における法人税に関する調査について、右選定基準に従い、約三五〇件を選定したが、そのうち中野民商会員分は約九〇件であつた。このように中野民商会員に対する本件調査の割合が一般納税者についての調査の割合よりも高かつたのは、会員に対する従来の調査が前述のような中野民商の確定申告についての運動方針、中野民商による集団強請、調査妨害等により不十分であり、このため会員の申告水準が他の納税者に比し、著しく低調のままに放置されていたことによるのである。

なお、本件調査の結果によつても、中野民商会員である納税者の過少申告の疑いが根拠のあるものであつたことは、前記2、(二)、(2)、(ホ)に述べたところから明らかである。

(二)  本件調査の態様とその適法性について

(1) 事前通知

中野民商会員については、あらかじめ調査の事前通知をすると、前記2、(一)、(3)に述べたとおり、調査日の延引が図られたり、民商事務局員、会員等が調査に立ち会うと称して臨席したうえ、調査妨害等を行つたりする事例がしばしばみられたところから、今村署長は、このような事態を避けるため、原則として事前通知をしないこととした。事前通知が質問検査権行使の要件とされていないことは、本件調査当時施行されていた旧所得税法第六三条及び旧法人税法第四五条、第四六条の規定上明らかであり、調査実施の日時場所等の事前通知をするかどうかは、当該調査にあたる収税官吏の裁量事項に属する。また、従前から事前通知を行うような慣行もなく、中野民商会員についても、他の一般納税者と同様、営業の現況を把握する必要がある場合等、事前通知を行うことが適当でないと認められる事案については、事前通知をしていなかつたのである。

そして、事前通知をしないで行われた調査も質問検査権の行使にほかならないのであつて、納税者は、やむをえない事由が存在しない限りは、これを受忍しなければならないのであり、単に事前通知がなかつたという理由で調査を拒否することは許されず、このような口実による調査拒否は、要するに、事前通知を受けることにより、調査日までの間になんらかの作為を講じようという意図を果たせなかつたことに基因するものである。また、従前から中野民商が事前通知を要求していたのは、調査に事務局員らが立ち合い、税務職員に有形無形の威圧を加え、調査を妨害するためであつたとみられる。

なお、税務当局としては、事前通知をしないで臨場した場合において、納税者側に調査を受けられないやむをえない事由があると認められるときには、調査をやめ、次回に繰り越す等の措置を講じていた。

(2) 組調査

中野税務署においては、一般的には調査の困難性等を考慮し、事案の内容に応じて、適宜、二ないし三名の職員が一組となつて調査を行うのが例となつており、調査にあたる職員を一名とすべき慣行もなかつた。また、調査にあたる収税官吏の人数をどのようにするかは、収税官吏の裁量事項と目すべきものであつた。ところで、中野民商会員に対する調査については、前記(1)に述べたように、事務局員、会員らによる調査妨害等が予想されるので、調査困難な事案にあたり、職員一名で対処することは不相当であるから、今村署長は、原則として、調査担当者二名を一組として調査にあたらせることとした。

(3) いわゆる立会拒否

中野民商においては、税務行政は、前述のように、団体交渉によつて処理すべきものであるとの見解に立ち、中野民商会員に対する本件調査に対しては、事務局員、会員らの立会により、従前にもまして激しい調査妨害等が相次いで発生した。たとえば、中野民商事務局次長小林正之及び事務局員日置克之が昭和三八年九月九日及び同月一三日に調査中の中野税務署職員に対し甚だしい脅迫的言辞を弄して公務執行妨害罪として起訴された事件(有罪が確定した。)が発生する等、右調査妨害は、税務職員に身の危険を感じさせる程のものであり、このため中野民商会員に対する調査が進展しないおそれがあり、また、調査にあたる職員の身の安全を確保する必要があつた。今村署長は、本件調査開始当初、調査の場所に中野民商事務局員らが臨席する場合には、納税者本人を説得して事務局員らの退去方を求め、それが功を奏しないときは、多少の調査妨害等があつても、これに耐えて調査を行う方針をとつていたが、右のような事情から、昭和三八年一〇月ころ、方針を変更し、事務局員らの立会を拒否して調査を行うこととした。

もともと、事務局員、会員らの調査立会は極めて問題の多いものであつた。すなわち税務調査にあたつては、調査の内容が本人の営業上の秘密のほか、取引の相手方である第三者の秘密にわたることが決して少なくなく、このため調査に徒事する税務職員に対しては一般公務員よりも重い守秘義務が課せられ(旧所得税法第七一条、旧法人税法第五〇条、国家公務員法第一〇〇条第一項、第一〇九条第一二号参照)、また、税理士に対しても同様の守秘義務が課せられている。これに対して、事務局員らには、もとより、このような法律上の規定による秘密を守ることの担保はなく、たとえ調査の対象者が同意しているからといつて、取引先等、第三者の秘密をさらすことは適当ではない。したがつて、一般に事務局員らの調査立会は許されないものというべきである。

このように極めて問題の多い調査立会が放置されていたのは、調査にあたる税務職員が、たまたま立会の不当を理由として、これを排除しようとしても、逆に痛烈な反撃を招く結果となつていたため、そのような場合に臨んだ税務職員としては、なるべく紛糾を避けようとする気持に支配されていたからである。しかし、中野税務署においては、右立会を容認していたわけではなく、立会を認める慣行があつたとはいえない。

(4) 調査の具体的理由又は必要性の告知

本件調査に際し、調査にあたつた税務職員は、納税者に対し調査対象及び調査年度等を示して税務調査に来た旨を告知しているので、用向きの告知ないし一般概括的な告知はあつたものといえる。ところで、税務職員がこれ以上に調査の具体的理由又は必要性を個別的具体的に告知することは、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条の各規定上一律の要件とされているものではないから、税務職員が右告知をしなかつたことをもつて、その調査が法であるということはできない(最高裁判所昭和四八月七年一〇日第三小法廷決定、刑集第二七巻第七号一二〇五頁参照)。

(5) 事前の調査

中野税務署においては、昭和三八年一一月九日から、いわゆる概況調査及び現況調査をした。ところで、概況調査とは営業者の当該暦年の営業状況、所得状況を把握するために行われる所得税に関する事前(暦年終了前)の調査であり、昭和三八年の同調査において、中野民商会員もその対象者となつていた。また、現況調査とは、前事業年度に問題のあつた法人について帳簿の記帳状況、現金管理、たな卸し等の現況を把握するために行われる法人税に関する事前(事業年度終了後確定申告期間経過前)の調査であり、昭和三七年一一月一日から昭和三八年一〇月三一日までの一事業年度の同調査において、中野民商会員もその対象者となつていた。しかし、右のような事前の調査が旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条所定の質問検査権の行使として許されないものではなく、なんら違法のものではない。

(6) 反面調査

(イ) 本件調査における反面調査

元来、反面調査は、納税者の記帳内容の正否、答弁内容の真偽を確認するため、不可欠のものであり、また、納税者に対する直接調査によつて所得金額認定の資料を得ることができない場合において、これを入手するためにも不可欠のものであつて、調査の態様としては特異視するにあたらないものである。このため、税法は、反面調査の対象となる者について、納税者本人に対する場合と同様、税務職員の質問検査に対する受忍義務を課し、その違反について罰則をもつて臨み、これを間接的に強制しているのである。

本件調査においては、すでに述べたとおり、中野民商会員に対する調査は、事務局員、会員らの調査妨害等により、本人についての調査が著しく困難であるため、所得金額の把握に関し本人の仕入先や取引銀行等に対する反面調査に頼らざるをえなかつたから、その件数は、他の一般納税者の場合に比し、多数であつたということができる。そして、反面調査の必要性は、他の一般納税者の場合のように、調査に応じ帳簿書類等が積極的に提示されるときには、少なくなるのは当然であつて、中野民商会員らの場合は、会員の行動自体がこのような反面調査を不可欠にさせたというべきである。しかも、反面調査をするにあたつて、納税者本人に対する調査との順序関係をどのようにするか、その方法をどのようにするかは収税官吏の裁量事項である。なお、銀行調査にあたつて、納税者の家族、従業員等の預金調査をすることは、納税者が自己の支配下にある家族や従業員の名義を使用して預金口座を設定していることが少なくないことからみて、調査の常識であつて、特に異例とするにあたらない。したがつて、本件調査における反面調査を目して納税者の営業上の信用を失墜し、営業を妨害するものである等とする非難はあらたらない。

次に、中野民商の反面調査に対する妨害活動の一例として、たとえば、事務局員らが共立信用金庫新井薬師支店において、同信用金庫側に調査の拒否を追り、大声で行員をどなりつける等して、威圧を加え、遂に、同信用金庫側の要請で、調査を断念せざるをえなかつた事例があげられる。

(ロ) 被告控訴人鳥平に関する一斉照会調査

同被控訴人に対する本件調査対象事業年度以前の昭和三六年六月期(昭和三五年七月一日から昭和三六年六月三〇日までの事業年度)の調査は、これに対する同被控訴人代表者の非協力的態度や中野民商事務局員らの調査妨害等があつたため、不十分のままに打ち切られていた。ところで、同被控訴人に対する昭和三八年六月期(昭和三七年七月一日から昭和三八年六月三〇日までの事業年度)の法人税確定申告書については、中野税務署法人税課法人税第二係小柳猪三男事務官がこれを検討したところ、その差益率、所得率が、同業者法人と比較して、著しく低調であり、売上金額、仕入金額の除外が想定されたほか、勘定科目内訳明細書には不審な点がみられ、過少申告の疑いが認められたので、今村署長は、同被控訴人を調査対象に選定し、小柳事務官及び山本事務官にその調査を命じた。

小柳、山本両事務官は、昭和三八年九月一〇日ころ、同被控訴人に対する調査を開始し、同日ころから同年一〇月末日までの間、四回にわたり臨場して同被控訴人代表者らに対し帳簿書類の提示を求め、右問題点について質問をしたが、代表者らの答弁を拒否され、かつ、中野民商事務局員らの調査妨害等により調査は難渋し、しかも、取引先等に対する調査も、代表者らの非協力と事務局員らによる妨害等により進展しなかつた。そして、ようやく同年一〇月末ころに至り、調査の結果として、同被控訴人においては、総勘定元帳、現金出納帳等の記載に不備疑問の点が数々見られ、これらは仕入除外及び売上除外によるものと考えられた。そこで、小柳事務官らは、右調査結果に基づき、特に同被控訴人の仕入勘定に多大の疑問があるが、臨場調査によつては真実の仕入金額を把握することが困難であると判断し、上司とも相談のうえ、職業別電話嬢から抽出された東京都内の食鳥間屋五〇社のうち同被控訴人に対する仕入先と想定される両国界わい、千住界わいの一五、六社を選定し、文書により取引の有無及び金額を照会した。

右のような調査方法は、当該納税者本人の帳簿書類によつては取引先の把握ができず、当該納税者との取引先の存在が推認される場合には、旧法人税法第四六条に基づき、普遍的に用いられる方法であり、ひとり同被控訴人に対してのみ用いられた方法ではない。また、このような調査方法をもつて、調査の密度が他の一般納税者に比し、濃い調査であつたともいえない。更に、照会の方法も取引の有無及び金額を知らせてもらいたい旨の文書を記載した定型的な様式の照会状によるものであり、同被控訴人が脱税をしているとの推測をさせるものではなく、その名誉を毀損すべき態様のものではなかつた。

(7) 調査の範囲、程度、方法

収税官吏が旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条による質問検査として、相手方の事業に関する振簿書類その他の物件について、いかなる範囲、程度にわたつて調査し、また、相手方に対し、いかなる範囲、程度にわたつて質問するかは、一般に当該調査にあたる収税官吏の裁量事項であつて、調査の必要と社会的相当性の範囲で収税官吏の合理的選択に委ねられているものである。

ところで、調査方法として、原判決が判示するような「申告書の記載のうち不自然な点について説明を求める調査、たとえば営業規模からみて仕入額が少し低いと思われるとか、仕入額と比較して売上額が少額すぎるが、その点はどうか。」という態様の調査方法で所得金額を的額に把握することは不可能である。そもそも、所得金額とは全体的な概念であつて、これを的確に把握するためには、まず備付帳簿書類の提示を求め、その内容と正確さを全般について調査し、収支の実額をつかんで所得金額を算定するのが建前であるから、たとい帳簿書類の提示があつたとしても、その帳簿書類の記載内容の調査だけにとどまらず、その正否を確認するためには、取引の証ひよう書類等の提示を求めて調査するのはもとより、商品在庫高の調査あるいは取引先に対する反面調査を行う等して広く営業の全般にわたる調査を行わなければならない。そして、このような調査によつてこそ的確な所得金額の算定ができるのであつて、「申告書の記載のうち不自然な点について説明を求める」程度の調査によつては、とうてい正確な所得金額をとらえることはできない。まして、中野民商会員らの確定申告書(<証拠省略>)をみれば、所得税の申告書には収入金額、必要経費についての記載がなく、単に所得金額のみが記載されているのがほとんどであり、また、法人税の申告書に添付されている決算書もずさんな内容のものが多かつたから、申告書記載の特定部分に問題点を絞るような調査方法により所得金額を的確に把握することは不可能な状態であつた。したがつて、本件調査の対象が申告書記載の特定部分に止まらず、営業の全般に及んだことは当然であつて、質問検査権行使の方法として、なんら問題とされる余地はない。

なお、中野民商会員に対する調査において、従前、確定申告書の内容の不備な点のみを調査する方法がとられていた事実もない。また、中野民商会員以外の納税者についても、申告の適否を確認するため、調査が広く営業の全般にわたつて行われているのが現実であり、会員について差別的調査が行われたとはいうことができない。

(8) 応援職員

本件調査のように、中野民商会員の調査妨害等により所得金額の把握を主として反面調査等の方法によらなければならない場合には、一般納税者のように調査に協力し、帳簿書類を十分に調査させる場合に比し、多大の事務量を要することは改めていうまでもない。そこで、本件調査に際しては、東京国税局から数名の職員が応援のため中野税務署に派遣されたのである。

税務署の上級官庁である国税局の職員が、その時々の必要に応じ、必ずしも余裕のある人員を抱えているわけではない各税務署管内の調査に従事して、各税務署の調査能力を補うことは、随時行われており、行政上当然の措置である。

また、当時、東京国税局においては、都市集中化の現象により、主として資産税事務の事務量が増加していたので、全国の国税局八局から合計一二七名の職員が東京国税局管内の税務署に派遣された。中野税務署には広島国税局からの応援職員が派遣されたが、同職員は、本件調査とは全く関係のない資産税事務に従事していたものである。

(9) 本件調査の態様と本件調査開始前の調査の態様との関係

本件調査開始前の態様と開始後のそれを比較し、本件調査について従来の調査態様とは異なつた調査が行われたことをもつて、本件調査が従来より深度の深いものであつたとし、中野民商の結社権を侵害するものということはできない。すでに述べたとおり、本件調査開始前における中野民商会員に対する調査が甚だ不徹底であつたため本件調査が必要であつたのであり、したがつて、このような比較は、本件調査の適法、違法を判断するにあたつては、なんら意味がないものである。

すなわち、すでに述べたとおり、本件調査にあたつてとられた調査の方法は、一般納税者についてとられている調査方法と比較して、なんら特異視するにあたらず、また、事前通知を行わず、民商事務局員らの立会を拒否したこと等は、ひとえに民商事務局員らの調査妨害に基因するものであつた。更に、本件調査においては、すでに述べたように、主として取引先、銀行等の反面調査によらざるをえなかつたため、調査の回数及びこれに要した日数が、一般納税者の場合に比し、多かつたといえるとしても、これをもつて、調査の深度が他の納税者よりも深かつたと速断することはできない。すなわち調査は、納税者の記帳状況、取引証ひよう書類の保存状況及び調査に対する協力の度合等によつて、その態様を異にし、その所要日数も大きく異なることはいうまでもない。たとえば、帳簿書類を調査した結果、特定の疑問点が発見された場合に、それを解明して行くというように、結果に応じて調査が進展して行くのであるから、この点を考慮せずに調査の深浅を論じても意味がないのである。なお、中野民商会員は、全体としてみれば、長期間、一般納税者に比し、甚だしく不十分、不徹底な調査しか受けていなかつたのであるから、一般納税者と中野民商会員との間の調査深度の平等、不平等を問題とするにあたつては、この点も当然考慮されなければならない。

次に、中野民商会員に対する調査や集団来署の応接等については、従来から一定の慣行化した関係があつたにかかわらず、今村署長の就任ないし本件調査開始後、税務当局が一方的に、その慣行を破棄したのではないかとの点については、これが、たとえば労働関係のようなものであれば、労使の間を規律する法律関係は、当事者間の慣行や力関係によつて形成されて行くことが妥当する面もあろうが、租税法律関係はそれとは全く異質な法律関係であることからすれば、右の点は問題とならないというべきである。すなわち租税法律関係においては、課税庁は、専ら法律の定めるところにより、納税義務を有するすべての者に対して、その義務を果たさせる立場にあり、そこには課税庁と納税者又は納税者団体間の妥協とか合意とかいうような団体交渉的な性格が入り込む余地がなく、課税庁が納税者のうちの一部の者をいわれなく有利に取り扱うような慣行を是認しうる余地は全くないのである。右のとおりであつて、本件調査がすでに述べたとおり、税法上適法に行われたものである以上、それが慣行に違背するとする被控訴人らの主張は、それ自体失当というべきである。

(三)  税務運営の一般的状況からみた本件調査の適法性について

税務調査は、申告納税制度を実質的に担保するという機能、すなわち適正な申告を確保し、又は過少申告を是正するという、いわば税務官庁の後見的機能を営むものであるが、限られた日数と人員のもとで、税務官庁が納税義務者の全員に対し毎年あるいは毎事業年度において、充実した調査を実施することは不可能な状況にある。そこで、税務官庁としては、与えられた条件のもとで、納税者の事業規模、業態、過去の税歴等をしんしやくし、精粗さまざまな態様の調査を組み合わせ、できる限り納税者との接触度合を高めながら、最も能率的、効果的な調査を実施し、適正な申告を確保するように配慮している。

その具体的方法については、年により多少の差異はあるが、右税務調査としては、概況調査、実額調査、事前調査及び実態調査という確定申告期前の調査が主体となつており、その調査割合はかなり高いものとなつている。

概況調査は、明らかに無資格者と認められる者を除く少額者及び未把握の納税者についての事業の概況等の把握、高額者と見込まれる者の抽出等を目的として行われるものである。実額調査は、白色申告者に対し、事前調査は青色申告者に対し、それぞれ行われるもので、いずれも営、庶業所得を有する高額者の所得の実額を把握するため、資料等からみて従来の課税が低調であると認められる者、過去何年問も調査を受けていない者等一定の基準に該当する者を選定したうえ、比較的多くの事務量をかけて重点的に調査を行うもので、精度の高い調査である。実態調査は、営、庶業所得を有する白色申告の高額者のうち事後調査及び実額調査の対象者を除く残余の者全部について実額調査に準じて行われるものである。

次に、事後調査は、確定申告期限後に行われ、特に調査の必要性の高いと認められる者について、できる限り精密な調査を行うものであり、しかも、極めて少数の者に絞つて行われるから(昭和三七年分についてみると、その割合は全国的にみて、要処理件数に対し二・八パーセントにすぎず、中野税務署においても、ほぼ同様であつた。)、過少申告の発見される場合が多いのは当然である。しかし、このことから、およそ申告額が内輪目になつているのが通常であるとの前提に立つて、質問検査を受ける納税者は他の納税者と比較して相対的に不利益を受ける結果となるとの考え方は、税務運営の実情を無視したもので、不当である。

ところで、中野民商会員に対する本件調査、すなわち昭和三八年九月から行われた昭和三七年分の所得税についての事後調査の割合が、一般納税者についての事後調査の割合よりも、高かつたことは事実であるが、所得税に関する調査が確定申告期限前の調査を主体としていることは右に述べたとおりであるところ、会員については、その調査割合が一般納税者に比し低かつたから、全体としてみれば、会員についての調査割合は一般納税者よりも高いとはいえないのである。

なお、確定申告期において、右に述べた確定申告期限前の調査により得られた数字を参考として行う納税相談が所得税事務の運営上極めて大きな意義を占めている。この納税相談の結果、確定申告期限前の調査を実施した者については、その大部分が申告是認の処理を受けており、税務官庁の期待している所得金額に沿つているという意味で適正な申告を行つているものといえる。このような納税相談について、原判決の判示するように、「税務職員が納税者に対し申告書提出前に納税者を税務署に呼び出して申告につき容喙したり、申告書提出時にその記載について質問や指導をなしたりした事例があつた。」として、あたかもそれが申告納税制度を阻害するものであるかのようにみるのは不当である。

4  質問検査権について

(一)  質問検査制度の意義について

(1) 納税は、すべて国民の義務であり(憲法第三〇条)、租税は、国家存立の基盤であるが、このことはまた、国民が、国家の存立を前提としてのみ、もろもろの基本的人権を享受しうる事実からみて、納税義務は、結局は国民の利益に還元されること、換言すれば、租税は、国民の承諾を基礎とし、公共の福祉を維持増進するための共同の費用の負担部分と観念されるべきものであることを意味する。したがつて、納税義務を適正に履行していない納税者が存在する場合、それはすべての国民の共同の利益を侵害するものといわなければならないから、法律で定められた納税義務の適正な実現を確保し、課税の公平を期することは、政府に対する国民的要請であるということができる。そして、各税法の定める質問検査権は、まさにこのような国民的要請に基づき、課税負担の公平を期するため、所得についての調査を行う職責をもつ税務職員に国民から信託されたものであつて、その行使は、国民の利益を侵害する必要悪として観念されるべきものではなく、国民の共同の利益を擁護する正義の実現として観念されるべきものである。

(2) 現行税法は、申告納税制度を基礎としているが、そもそも、この制度は、個々の納税義務の実現の過程において、納税義務者の主導権を認めることにより、国民の共同の利益の増進に国民自ら積極的に参加協力することを期待する趣旨のものである。したがつて、このような制度のもとにおいて、納税者の自主的な申告が期待されるからといつて、自主申告を口実として質問検査権の行使を制限しようと試みることは、申告納税制度の本旨から逸脱する。けだし、この制度が国民の共同の利益の増進を本質とすることは前述のとおりである以上、質間検査権の行使に対し積極的に誠実にこれに協力することによつて、自己の申告が正しい計算に基づく正当な所得であることを立証することに反対すべきいわれはないからである。更に、質問検査権行使の態様方法が妥当であるかどうかも、個々の不誠実な納税者の右のような国民の共同の利益の侵害の程度に応じて判断されるべきであつて、単に権利侵害のおそれから人権を守るというような抽象的一般的観点から論ぜられるべきものではない。

なお、被控訴人は、「申告納税方式の建前をとる以上、納税者の申告がまず尊重されるべきが当然である」と主張するが、これは、納税者が正当な所得金額を申告している場合にのみいいうることであるのみならず、そもそも正当な所得金額が申告されているかどうかは調査しない限りは判明しないのであるから、申告納税方式を採用している趣旨からいつて、「納税者の申告がまず尊重されるべきが当然である」ということにはならない。

むしろ、前述したように、申告納税方式の意義は、国民がその正当な所得金額を自ら計算し、申告書という形でこれを国家に提出することにより、国の課税権の行使に積極的に協力するという点にあるから、納税者として申告が正当であることを、税務調査にあたつて、積極的に立証するように努力すべきであり、右方式がとられていることから、納税者の申告に対し国の課税権が一歩後退する必要があるということはできない。もともと、申告納税方式の法律的性格は、納税者の自主的申告により、その租税債務が第一次的に確定するということにあるのであつて、納税者の申告行為は、課税標準と税額が、租税法の規定によりすでに客観的に定まつている限り、納税者がこれらの要件事実を確認し、定められた方法で数額を確定して、それを政府に通知する性質の行為に止まるのである。したがつて、このような申告納税方式の法律的性格からみても、無条件に「納税者の申告がまず尊重されるべきは当然である」という結論を引き出すことは誤りである。

(二)  質問検査権の合憲性について

(1) 憲法第一一条、第一三条との関係

憲法第一一条、第一三条は、個人の権利についての包括的な宣言の規定であり、法令その他の国家行為が直接本条に違反して無効となるものではない(最高裁判所昭和二三年一一月二二日大法廷判決・刑集第四巻第一一号二三八〇頁参照)。

また、警察官職務執行法の規定による警察権力の行使については、相手の意思に反し実力をもつてする強制、すなわち即時強制が認められ、かつ、その際、武器の使用される場合もあり、刑事手続に移行する可能性の高いものであるのに対し、質問検査権は、法律の定める納税義務の適正な実現という限られた目的の範囲内で行使されるものであり、犯罪捜査を目的とするものではなく、更に、直接に受忍義務を強制する権限を有せず、ただ、罰則の規定により、間接的に受忍を求めるにすぎないから、両者は同列に論じられるものでないことは明らかである。

まして、納税義務は国家の存立に不可欠のものとして憲法に明記されている趣旨からみて、このような程度の受忍を要求することは当然許されるものと解され、質問検査権の規定が憲法第一一条、第一三条に違反するということはできない。

(2) 憲法第三五条、第三八条との関係

憲法第三五条が刑事手続に関する規定であつて、行政手続に直接適用のないものであることは、すでに最高裁判所の判例の示すところである(昭和三〇年四月二七日大法廷判決・刑集第九巻第五号九二四頁参照)。右判法は、国税反則取締法第二条に定める臨検、捜索又は差押をする場合に関するものであるところ、質問検査権の行使は、同法のような強制調査権の行使ではなく、かつ、調査拒否等の場合においても、罰則をもつて間接的に受忍を求めうるにすぎないから、行政手続に該当することはいうまでもなく、憲法第三五条違反の問題を生ずる余地はない。

また、憲法第三八条に定める、いわゆる黙秘権の規定が質問検査権の行使のような行政手続には適用がないものであることは、多数の最高裁判所の判例の示すところである(昭和三一年七月一八日大法廷判決・刑集第一〇巻第七号一一七三頁、昭和三二年二月二〇日大法廷判決・刑集第一一巻第二号八〇二頁等)。

更に、旧所得税法第六三条が憲法第三五条、第三八条に違反するものでないことは、最高裁判所の判例の示すところであり(昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集第二六巻第九号五五四頁)、旧法人税法第四五条、第四六条が、これら憲法の条項に反するものでないことも、右判例に照らして明らかである。

(3) 憲法第三〇条、第八四条、第三一条との関係

被控訴人らの主張が、いかなる場合に納税者が質問検査権の行使としての税務調査を受けることとなるか、また、その税務調査がいかなる範囲、方法で行われることとなるかを予測できるような基準を法定しておくことが必要であるとする趣旨であるならば、それは意味がない主張である。なぜならば、税務調査の必要性は、納税者の納税道義の程度いかんによつても差異が生ずるものであり、また、いかなる範囲、方法で税務調査を行うかは、納税者の業態、記帳程度、取引記録の保存状況、税務調査に対する協力度等によつて千差万別であるから、これを予測しうるような規定を設けること等は不可能だからである。

次に、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条所定の質問検査権の規定が罰則の構成要件として不明確ではなく、憲法第三一条に違反しないものであることは、前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定に照らして、明らかである。

(三)  質問検査制度の内容について

(1) 質問検査権の性格

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二に定める収税官吏の質問検査権は、前述のとおり、適正、公平な課税目的の実現を図るための制度、手続であつて、収税官吏の質問検査に対しては、相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負つているものである(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)。このように相手方に受忍すべき義務が課せられている点は、いわゆる純粋の任意調査と異なるものである。

(2) 質問検査権行使の要件としての「必要性」

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条に規定する「調査について必要があるとき」とは、収税官吏において、「具体的事情にかんがみ、客観的な必要があると判断される場合」をいうものである(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)。そして、確定申告後に行われる所得税又は法人税に関する調査については、適正、公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的からみて、確定申告にかかる課税標準又は税額等が過少である等の疑いが認められる場合に限られず、広く右申告の適否、すなわち申告の真実性、正確性を調査するためにする場合もこれにあたると解すべきである。

(3) 質問検査の対象者

(イ) 所得税の場合は、個人のすべてが申告書の提出義務があるわけではなく、税法所定の一定金額以上の所得を有する者のみが申告書の提出義務を負うにすぎないものであるため、旧所得税法第六三条第一号は、質問検査の相手方として、「納税義務者」及び「納税義務があると認められる者」を規定している。右の「納税義務者」とは、課税要件が満たされて客観的に納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者及び当該課税年度が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、将来、終局的に納税義務を負担するに至るべき者をいうものと解され、また、「納税義務があると認められる者」とは、収税官吏の判断によつて、右の納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうと解される(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)。

そして、旧所得税法第七二条第一項所定の処罰の対象者からみて、右納税義務者の代理人、家族事業専従者、使用人その他の従業者も質問検査の対象者となることは明らかである。

(ロ) 法人税の場合は、非課税法人を除いたすべての法人が所得の有無にかかわらず、記帳、決算の義務を負い、確定した決算に基づいて申告書を提出しなければならないから、これを「法人」と一義的に規定することが可能であり(旧法人税法第四五条)、これが質問検査の相手方となる。

そして、旧法人税法第五一条第一項所定の処罰の対象者からみて、右法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者も質問検査の対象者となることは明らかである。

(4) 質問検査実施の細目

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条、第四六条は、質問検査をする場合の範囲、程度、時期、場所等、その実施の細目については、これを規制するなんらの定めをしていないから、これら調査方法の細目の選択については、調査の必要と社会通念上の相当性の範囲で、収税官吏の合理的裁量に委ねられていると解すべきである(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)。

そして、前記3、(二)に述べたような調査の事前通知、組調査、立会の拒否、調査の具体的理由又は必要性の告知、事前の調査、反面調査、調査の範囲、程度に関する事項は、いずれも右実施の細目にあたるものである。

5  本件文書送付の適法性について

(一)  本件文書送付に至る経緯について

本件調査は、昭和三八年九月に開始されたが、中野民商事務局員らを中心とする激烈な調査妨害等により著しく難航し、所得税に関し、同月中に着手した三五件のうち同月中に調査が終了したものは一一件にすぎず、同年九、一〇月中に差手した五五件のうち右各月中に調査が終了したものは二九件に止まつた。また、中野民商は、本件調査を不当調査として、中野税務署の税務執行に対する激烈な妨害宣伝活動を行うに至り、本件調査の対象者はもちろん、その他の会員、ひいては一般の納税者に対しても誤つた認識を押し付けるものがあつた。

そこで、今村署長は、中野民商会長である被控訴人河田武雄に対し、昭和三八年九月三〇日付文書をもつて、調査妨害等を中止することを要請したほか、当時、調査が特に難航していた安藤鎗一郎ほか四名の会員に対しても、同日付文書をもつて、調査に協力することを要請した。しかるに、中野民商は、今村署長の右文書については、同署長に対し、会長である被控訴人河田武雄名義の同年一〇月三日付文書をもつて、本件調査を強権的、警察権力的越権行為である等と非難し、これに対しては徹底的に戦い抜く等と回答して同署長の右要請を無視したうえ、依然として調査妨害等をやめず、それとともに、ビラの配付、掲示、自動車パレード等により、本件調査が違法不当であるとの大規模な妨害宣伝活動を展開するに至つた。

(三)  昭和三八年一〇月二八日付文書について

今村署長は、特に激烈な調査妨害により調査が難航し、進展をみていない事案について苦慮した結果、当該納税者に対して直接その気持を率直に訴え、難航している調査の円滑な進展を図ることを目的として、有限会社渡辺瓦店ほか三社の中野民商会員に限定して、標記の文書を送付したのである。右文書の趣旨は、各納税者に対して中野民商の違法不当な介入を排して調査を受けてもらいたいこと及び税務署を信頼して納税の義務を誠実に果たしてもらいたいことを要請するものであつた。

ところで、この文書には「当署はこのような反税的団体を相手方にすることはできません。したがつて商工会の介入を排除しない限り、あなたの調査は解決がつかず、いつまでも現在のような状態がつづくことになります。必要な調査はあくまで実施しなければならないのです。」、「なおあなた自身の本当の気持を電話でも結構ですから税務署あてお聞かせ下さい。」という記載がある。この文言は、文書全体を通読すれば明らかなように、中野民商事務局員らの調査介入により調査終了のめどが立たない状態のもとにおいて、税務署としては、公益的見地からこのまま調査を打ち切つて放任することはできないこと、納税者の側においても冷静な気持でこの事態を判断し、正しい納税義務を果たすための調査に協力することを希望をすることを納税者に対し率直に訴えているものにほかならない。また、右の「なおあなた自身の本当の気持を電話でも何でも結構ですから税務署あてお聞かせ下さい。」という意味は、それらの者のうちには自らは税務職員の調査に対し「度々来て戴いて申訳ありません。」と述べながら、立会の中野民商事務局員らから「こんな奴にいてもらつては困る。」、「令状なしに調査することはできないから帰るようにいいなさい。」等とそそのかされて調査に応じなくなつた例もあり、もし事務局員らの立会がなければ調査に応ずるのではないかとの気配も見受けられたので、本人自身の真意を打診し、調査に応ずるかどうかを確かめて平穏に調査できる糸口を見出そうとしたものにほかならない。

以上のとおりであつて、右文書送付は、中野民商会員に対し脱会を勧奨しているものではなく、また、中野民商の組織を破壊しないし弱体化することを意図したものでもない。

昭和三八年一一月六日付文書について

その後も中野民商事務局員、会員らの調査妨害は、あとをたたず、遂に前述のように、事務局員二名が公務執行妨害罪により逮捕される事態が発生した。そこで、今村署長は、本件調査の行き詰まりを打開するため、本件調査が適法なものであつて、中野民商の調査妨害等が違法不当のものであることについて会員の理解を深め、今後の調査における法律違反行為の発生を予防し、あわせて調査に従事する職員らに起るべき危難を回避し、その身の安全を確保する必要があると考え、所管国税局である東京国税局の承認のもとに、中野民商会員(当時、中野税務署において会員であると認識していた者に限る。)に対し標記の文書を送付したのである。

右文書の趣旨は、第一に中野税務署が中野民商に対しこれまでの事務局員を中心とする種々の違法不当な調査妨害等の行為の中止方を警告するとともに、納税者本人に対しては、それぞれの調査に際し、平常な姿でこれに応ずるように説得に努めてきたことを述べ、第二に事前通知、立会等の税務調査をめぐる事項についての中野民商の見解及びこれに基づく指導宣伝が誤りであることを指摘するとともに、これらの事項についての税務当局の所見を表明し、第三に税務当局の真意は公正な税務行政遂行をすることにあることを述べ、中野民商会員たる納税者に対し適正な税務行政の執行に協力を求めるものであつた。

以上のとおりであつて、右文書送付は、中野民商会員に対し脱会を勧奨しているものではなく、また、中野民商の組識を破壊ないし弱体化することを意図したものではなく、更に、中野民商の名誉を毀損するものでもない。

そして、このような広報活動は、中野民商事務局員らの激烈な調査妨害が繰り広げられていた当時の情況下においては、適正な税務行政の執行の任にあたる税務署長として、真にやむをえない措置であつたのである。けだし、税務署長は、国税の賦課、徴収を主たる職責とするが(大蔵省設置法第四条、第二八条、第四七条参照)、右職責上当然に、税務行政の運営を適正円滑に行うため、その妨害となる事項を排除しなければならないのはもちろん、税務行政の運営についての税務当局の立場等を示して納税者の理解を深めること、その他収税官吏の適正な業務執行を保全増進するための諸措置を講ずることは、税務署長の権限であるということができるところ、納税者に対して必要に応じて信書を送付すること自体も、右諸措置の一つに含まれるからである。

(四)  名誉毀損の成否について

(1) 本件文書の送付は、次に述べるような観点からみても、違法性がない。すなわち自己の正当な利益を擁護するため、やむをえず他人の名誉、信用を毀損するような言動をしても、かかる行為が、その他人が行つた言動に対比して、その方法、内容において適当と認められる限度を越えない限り違法性を欠くものである(最高裁判所昭和三八年四月一六日第三小法廷判決・民集第一七巻三号四七六頁、東京高等裁判所昭和四五年一一月二七日判決・判例時報六一四号五二頁参照)。そして、この理は、私人の行為による名誉毀損の場合のみならず、行政上の職務執行の場合にも当然妥当するものである。けだし、行政上の職務執行の場合においても、これを妨害する者の違法不当な言動から職務執行の適正、公平を擁護しなければならない要請は、私益を擁護する場合に比し、一層強いものがあるからである。

本件文書送付は、今村署長が税務運営の適正、公平を擁護するため、前記事情のもとで、やむをえずにしたものであり、違法性がない。

(2) また、本件文書送付は、公共の利害に関する事項について専ら公益を図る目的でされたものであつて、同文書に摘示された事実は真実であるから、違法性を欠くものである(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集第二〇巻第五号一一一八頁)。そして、本件文書送付は、税務行政という公共の利害に関する事項について専ら税務行政の適正、公平な執行という公益を図る目的に出たものであるうえ、同文書に摘示された事実が事実であることは前述したとおりであるから、違法性がなく、控訴人は、不法行為上の責任を負うべきものではない。

(3) なお、被控訴人らは、前記一一月六日付文書送付により被控訴人河田武雄及び同鳥平の名誉が毀損された旨主張する。しかし、右文書は、右被控訴人らの行為を摘示したものではなく、右名誉毀損の加害行為が右被控訴人らに対して向けられたとの主張もないのである。もつとも、外形上法人に対してなされた名誉毀損の行為が同時に実際には右法人の代表者の名誉を毀損する効果を伴う場合はありうるが、そのような場合には、その加害行為が実質的には代表者に対してもされているとの主張を前提としなければならない(前記最高裁判所昭和三八年四月一六日判決参照)。しかるに、本件においては、加害行為が被控訴人河田武雄に対して向けられたとの主張はない。

したがつて、右被控訴人らの主張は理由がないものというべきである。

四  当審における新たな証拠<証>

理由

一  当事者について

1  請求原因一の(二)、(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  被控訴人中野民商の法的性格及び活動について

この点についての事実の認定及び法律判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決二〇枚目表四行目から二四枚目裏末行目までと同一であるから、これを引用する。

<証拠省略>

二  今村署長の行為及びこれに至る経緯について

1  請求原因二の1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

2  本件調査に至つた経緯についての事実の認定は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決二五枚目表三行目から二六枚目裏一行目までと同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決二五枚目表三行目から同四行目の「<証拠省略>によれば、」を「<証拠省略>」と改める。

(二)  原判決二六枚目裏一行目の次に次の文章を加える。

「(二)<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。

中野税務署においては、従来から一般に税務調査の対象の選定については次の基準により行つていた。すなわち、<1>事前調査の結果と申告額との間に大きな差があるもの、<2>同業者と比較して申告額が低調であるもの、<3>収税官吏が入手した課税資料からみて調査を必要とするもの、<4>営業の規模、従業員数等からみて申告額が低いもの、<5>長期にわたり調査がされていないもの、<6>過去の調査が不十分であつたと認められるもの、<7>収税官吏の長年の経験からみて申告額が過少であると認められるもの等のいずれかにあたるもののうち調査優先度の高いものを選定していたのである。

そして、今村署長は、本件調査についても右選定基準に従つて調査対象者を選定したのである。なお、本件調査のうち所得税に関する調査は、主として、事後調査(確定申告期限後に行われる調査)であり、法人税に関する調査は、主として、昭和三八年七月から昭和三九年六月までの一年間にわたる事業年度についての調査であつた。

右のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。」

三  本件調査開始前における諸状況について

次に、本件調査開始前における中野民商の税務行政ないし税務調査に対する態度及び中野民商会員の所得税の申告状況について検討する。

1  中野民商の確定申告についての運動方針について

<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  中野民商は、所得税に関する確定申告書には、所得金額のみを記載すべきことを運動方針としてきたため、従来から中野民商会員提出の確定申告書中、各種所得の「所得金額の計算」欄には、ほぼ所得金額しか記載されず、「収入金額」、「必要経費」、「事業専従者控除額」の各欄は空白であつた。このような確定申告書を収受した収税官吏は、確定申告が内容的に適正であるかどうかを判断することができなかつた。

(二)  中野民商は、昭和三五年ころから、その会員が前記のようにして作成した確定申告書を個別的に提出させないようにし、いわゆる一括申告又は一括提出という名のもとに、事務局員らに多数の会員を引率させて、中野税務署に対し右申告書多数通を一挙に提出させることとした。中野民商は、右のような方法により、収税官吏が、確定申告の際、会員である納税者と個別的に接触することを避け、同税務署側と集団的に交渉して右申告書を申告どおり認めさせることを意図したものであつた。

右のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

2  中野民商の中野税務署に対する集団来署の状況について

<証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

中野民商は、かねてから中野税務署に対し、税務行政一般及び個々の税務調査等について団体交渉を行うと称し、多数の会員を糾合して、抗議、要求することが多く、その概要は別表集団強請明細表記載のとおりであるが、その主要な事例を挙げれば、次のとおりである。

(一)  中野民商小川会長ら約六〇名の会員は、昭和二八年三月五日午前一〇時ころ、事前の通知をすることなく、所得税の確定申告期で混雑を極めていた中野税務署におもむき、北川署長が不在であつたため、森田総務課長、林直税課長、小林所得資料係長に面会したうえ、事業所得に対する税額は給与所得に対する税額よりも高額であることについての意見を求め、また、「申告所得金額についてのお知らせ」方式(当時、各税務署においては、白色申告の納税者について確定申告前に所得金額を調査して、これを通知する方式をとつていた。)により、いいかげんな調査結果を押しつけるのは不当であるなどと抗議し、更に、右北川署長及び小林係長の罷免を要求する書面を読み上げ、納税者の一人である近藤某が確定申告書提出後、同署内で急死した事実をもつて、右小林係長が確定申告の説明会において「お知らせ額」は一銭も負けられないと述べたことにより衝撃を受けたのが原因であると主張し、右抗議等を同日午後二時ころまで継続して行つた。

(二)  前記小川会長ら約八〇名の中野民商会員は、同年四月二日午前一〇時ころ、同署におもむき、前記北川署長ら同署の幹部に面会したうえ、割当課税の事実がないのに、割当課税の即時中止並びに不当な差押、公売の即時解除及び中止を要求する旨の決議文(<証拠省略>)を読み上げ、かつ、割当課税に基づく更正処分は無効であるから、白紙に戻すこと等を要求し、右抗議等を同日午後二時ころまで継続して行ない、更に、約三〇通の更正決定通知書を受け取れないとして、同署に置いて退去した。

(三)  前記小川会長ら約四〇名の中野民商会員は、同年四月二七日午前一〇時ころ、同署におもむき、前記北川署長ら同署の幹部に面会したうえ、同月二日に要求した前記更正処分の白紙撤回の件についての回答を求め、かつ、酒類小売販売にかかる免許に関し、同署員が会員には免許を与えない旨の発言をした事実があると主張して抗議し、担当の深谷事務官から右のような事実はない旨の説明を受けたが、納得せず、同事務官に罵声を浴びせ、更に、同署側から更正処分に不服があれば、再調査の請求をするようにとの説明を受けたが、これを聞き入れず、右抗議等を同日午後一時ころまで継続して行つた。

(四)  前記小川会長ら約九四名の中野民商会員は、昭和二九年三月一一日午前一〇時三〇分ころ、所得税の確定申告期で混雑していた同署におもむき、前記北川署長ら同署の幹部に面会したうえ、「お知らせ」方式は自主申告を妨げるものであつて不当であり、かつ、調査額はでたらめであるなどと抗議し、右抗議等を同日午後一時ころまで継続して行つた。

(五)  中野民商事務局中沢書記ら約五〇名の会員は、同年五月一八日午後一時三〇分ころ、同署におもむき、山田総務課長、林直税課長、小林所得資料係長に面会したうえ、更正処分は不当であると抗議し、これを白紙に戻すべき旨を要求し、右抗議等を同日午後三時ころまで継続して行い、更に、約五〇通の更正通知書を受け取れないとして、同署に置いて退去した。

(六)  中野民商石井会長ら約六六名の会員は、昭和三四年三月四日午前一〇時一五分ころ、所得税の確定申告期で混雑していた同署におもむき、川口署長と面会したうえ、零細業者をいじめる前に大企業の脱税を摘発すること、青色申告であると白色申告であるとを問わず、事後調査分は六月までに全部決定し、加算税、利子税は廃止すること等を要求し、右要求等を同日午後零時四〇分ころまで継続して行つた。

(七)  前記石井会長ら約六〇名の中野民商会員は、昭和三五年一一月二五日午前一〇時二〇分ころ、同署におもむき、山澤署長ら同署の幹部に面会したうえ、税法上認められていない自家労賃を経費に算入することについて承認することを要求し、かつ、不当な税務調査が行われていると抗議し、右抗議等を同日午後零時四〇分ころまで継続して行つた。

(八)  前記石井会長ら中野民商会員を主体とする約一三〇名の者は、昭和三六年三月一三日午前一〇時三〇分ころ、所得税の確定申告期で混雑していた同署におもむき、前記山澤署長ら同署の幹部に面会したうえ、前記自家労賃の分離課税を認めること、税制、税務行政を民主化すること等を要求し、右要求等を同日午後零時三〇分ころまで継続して行つた。

(九)  中野民商益田事務局長は、昭和三七年七月二〇日ころ、今村署長に対し会員との面会を申し入れ、同署との間で、時間は同年八月二四日午前一〇時から三〇分間、人数は二〇名に限るとの条件で面会する旨を取極め、次いで、同日午前一〇時四〇分ころ、会員約二〇名とともに同署におもむき、同署長との間で、面会時間を一時間に延長する旨を取極めたうえ、面会に及んだが、その席上、会員らは、同署長に対し面会人員の制限は民主的ではなく、かつ、同署長が前任地である立川税務署で発生した部下の汚職事件について責任をとらないまま中野税務署に赴任したことは納得できないし、中野の納税者は不安を抱いているなどと抗議し、更に、今後の行政方針を明らかにすること、臨場調査に際しては事前通知を行うべきことを要求した。なお、右面会中、中野民商会員の人数は一〇名程度増加し、これらの者は、署長室付近に集合していた。そして、右会員らのうちには、面会に先立ち同署長が拒絶しているにもかかわらず、同署長の写真を撮影したり、面会中に同署長に対し「人数制限をするのなら、一、三〇〇人も動員して、こんな小さな税務署をもみつぶすのはわけはない。」、「納税者の代表が会いに来ているんだから、冷たい物でも出したらどうだ。こんなことでは親しまれる税務署といえるか。お前ら公僕だろう。」などという者もあつた。

(一〇)  前記益田事務局長は、昭和三八年二月初旬ころ、今村署長に対し中野民商会員との面会を申し入れ、同署長との間で、時間は同月二五日午前一〇時から一時間、人数は二〇名に限るとの条件で面会することを取極めたが、右取極めに反し、同日午前一〇時四〇分ころ、中野民商会員を主体とする約一三〇名の者とともに同署におもむいた。そして、その一部の者は、まず机を前にしている平鹿総務課長を取り囲み、約四〇分間にわたり、大声で面接の時問や人数を制限することは不当であると抗議し、そのうちには「総務課長のはげ頭。」、「こつぱ役人に用はない。」などという者もあつたが、結局、約東どおり二〇名に限り、同署長と会談することとなつた。しかるに、右会員らは、同総務課長らの制止にもかかわらず、なおも約三〇名の者が一度に同署長室に入室しようとして同室の金具を破損し、同室に入室した者のうちには同総務課長らに対し「署長を表に出せ。」、「われわれを暴徒のように取り扱つた。」、「暴言を取り消せ。」などという者もあり、喧噪を極めた。そこで、同署長は、会員らに対し即時退去を要求し、これを退去させたが、その間に約一時間三〇分を要した。

次いで、中野民商会長である被控訴人河田ら会員は、同日午後一時ころ、再び同署におもむき、同署側の申入に応じて、一五名の者が、同署長と面会したうえ、約一時間にわたり、面会に人員制限をした理由を示すこと、税務署員が同日午前中に会員らを撮影したフイルムを引き渡すこと、会員らを暴徒のように取り扱つたことについて謝罪することを要求した。

(一一)  前記益田事務局長は、同年三月中、今村署長に対し中野民商会員との面会を申し入れ、同署長との間で、時間は同月一三日に三〇分間、人数は二〇名に限るとの条件で面会することを取極めたが、右取極めに反し、同日午前一一時ころ、会員約八〇名とともに同署におもむき、同署長に面会を求め、同署長から、当日は所得税の確定申告の最盛期であり、八〇名もの者を同署内に入れると混乱を生ずるとの理由で同署内に立ち入ることを拒絶されると、屋外において、「自主申告を認めよ。」「国税通則法を廃止せよ。」などの要求を記載した決議文(<証拠省略>)を読み上げ、気勢をあげたうえ、約五〇〇通の申告書を置いて退去した。

(一二)  被控訴人河田ら約一五名の中野民商会員は、同年七月二三日午前一〇時一五分ころ、同署におもむき、同署長に面会したうえ、「無理矢理押しつけ課税やおどしとる税務行政はやめろ。」、「今度の中野民商会員に対する調査は弾圧である。調査をするなら会員を動員して拒否する。」などと発言した。

右のような事実が認められ、当審証人河野貞三郎の証言、原審における原告益田正男及び当審における被控訴人河田武雄に対する各本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、中野民商の集団来署の状況は、その回数、時間、人数、言動、面会についての条件を無視したこと等からみて、税務署に対する単なる陣情、要求の域を越えたものであり、その要求実現のため、集団の力を利用して税務行政、税務調査に威圧を加え、その正常な運営を阻害しようとしたものであつたと認めざるをえない。

3  中野民商及び同会員の税務調査に対する妨害の状況等について

<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  中野民商においては、かねてから税務署との間で税務行政について団体交渉をする権利があり、個々的な税務調査に際しても、事務局員らが臨席して団体交渉をすることができるとの立場をとつていた。そして、本件調査前における中野民商会員の税務調査については、事前に調査を行う旨の連絡をして置いても、事務局員らの都合により一方的に調査日を延期され、また、他の会員や事務局員が調査に立ち合つたうえ、調査担当官に威圧を加え、嫌がらせをし、被調査者に答弁をさせないようにするなどして調査を妨害し、更に、帳簿書類を物置に入れて置くとか中野民商の事務局に置くなどするほか、種々の口実を設けて、調査の際に直ちにこれを提出しないなどの事例が多く、その調査の能率は著しく低下させられていた。

現に、中野民商は、その会員に対し、中野民商が発行する「中野民商ニユース」等により、調査について事前連絡がない場合には調査の延期を申し出るようにし、事務局に直ちに連絡すること、資料はゆつくりボソボソ最低に必要な範囲でみせ、余分なものはみせないことなどの指導、指示を与えていた。また、全商連は、昭和二七年一一月五日発行の「納税者のお守り札」と題する小冊子(<証拠省略>)において、「調査が来たら」、「申告するには」、「更正決定が来たら」、「差押、引揚げを防ぐには」、「行政訴訟をおこすとき」の五項目にわたり、詳細な対策を示し、「調査が来たら」の項においては、「答えたくないことはあくまで答えずがんばりぬくべきである。」、「こつちの都合が悪いときは商売の都合で応じられぬと断れ。それでも向うが調査するというときは営業の邪魔をする気かと逆襲すること。」、「いいたくなかつたら一言もしやべらなくてもよい。」、「仕入先をきかれたら税務署は私のアゴを保証してくれるかと断わること。」など税務調査に対抗し、これを困難にするような方法について詳細な指導、指示を与えていた。

(二)  中野税務署所得税課所得税第二係吉川満彦及び同係水岡成爾両事務官は、昭和三六年七月下旬、昭和三五年分の所得税の再調査請求による調査のため、中野区上高田二の三七九番地牛乳販売業木村宏方におもむき、同人と面接したうえ、調査を開始したところ、右調査に立ち会つていた中野民商会員寺田安及び事務局員一名は、右木村の長男が費消した売上金については経費として認めることを要求して介入したが、右木村が同調せず、再調査は終了し、同署においては、右再調査請求棄却の処分をした。ところが、同年八月下旬に至り、中野民商の小林正之事務局員及び右寺田は、右木村を連れて同署におもむき、同署所得税第二係長渡辺節二事務官に面接したうえ、右木村の長男の費消分を経費として控除することを申し入れ、更に、その一週間後には、事務局員、会員ら二〇数名が、突然、同署におもむき、執務中の右渡辺係長を取り囲み、こもごも「太い野郎だ。先だつてはお前生意気いつたから謝れ。」、「謝らなければ帰らねえぞ。」、「ばか野郎、貴様だれに食わして貰つてんだ。おれたちの税金で食つているんだろう。」、「はつきり標準語でいえ。」と暴言を浴びせるなどした。

(三)  中野税務署所得税第四係城井一明事務官は、昭和三五年分所得税の再調査請求による調査のため、昭和三六年八月中旬、中野区栄町通り二の二〇番地風呂おけ製造業井上龍一方におもむき、同人と面接したところ、同人から恐ろしい見幕で「おつ、新顔だな、中野税務署というところを知つているか。中野はよその区とは違うのだ。帰れ。」などとどなられ、一時間位の間、押問答のすえようやく帳簿書類を提出させて調査を終了した。その三曰くらいのち、再調査請求の棄却通知が右井上に到達したところ、そのころ、中野民商の日置事務局員は、右城井事務官に対し電話で「これは重大問題だ、明日は会員を動員して話をつけに行く。このあだは、どこかで必ずとつてやる。」などといつた。

(四)  中野税務署所得税第三係高野四郎次事務官は、所得税調査のため、昭和三六年一〇月ころ、中野区江古田四丁目一七五九番地板金加工業加藤勇方におもむき、同人から提出された取引先である株式会社タムラ製作所に関する請求書の記載を調査したところ、これが同会社から収集した資料せんの記載と不突合であることが判明したので、同人に対しこの点を質問したところ、右調査に立ち合つていた中野民商の事務局員ら二名が右加藤に対し「そんなことは答える必要がない。資料せんなんかあてになるものか。」などといつて同人に答弁させなかつたため、同日は調査を終了せずに退去した。次いで、右高野事務官は、その一週間位後、反面調査により右資料せんの正しいことを確認したうえ、再度、右加藤方におもむき、同人に対し調査の経過を説明したところ、これに立ち合つていた事務局員一名から「取引先の方が間違つている。申告どおり認めろ。民商会員の調査では、いちいち細かいことまでいうな。」などといわれ、調査を妨げられた。更に、右高野事務官は、その数日後、銀行調査をしたところ、その翌日、中野民商の小林事務局員ほか一名は、同署におもむき、同事務官に対し約三〇分間にわたり「なぜ銀行調査をするのか。民商会員の調査をやめろ。会員の申告が信用できないのか。」、「お前は悪代官だから写真入りで全商連新聞に宣伝してやる。」、「二度と中野に来られないように遠くに飛ばしてやる。」などといつた。なお、その後、右加藤は、中野民商を脱会したが、その後の調査において、中野民商の指示により、税務調査に備えて右請求書を改ざんした旨を述べている。

(五)  前記城井事務官は、昭和三七年一〇月上旬、概況調査と青色申告についての記帳指導のため、中野区江古田一の一七九番地パン菓子小売業平井喜八郎方におもむき、同人と面接したところ、同人から「帳簿をみたければ、民商の事務局に行つてくれ。記帳指導はいらない。」などといわれたうえ、更に、間もなく、調査の立会のためといつて同所に来た中野民商会員三名に対し退去するように要請したところ、かえつて、同人らから「人のあら探しをして回つて、けしからん。青二歳め、帰れ。」などといわれ、結局、なにも仕事をすることができず退去するのやむなきに至つた。その翌日、中野民商の寺澤眞事務局員は、右城井事務官に対し電話で「お前は指導という名を借りて平井をおどしたらしいな。記帳指導はうちがするから、いらない世話をやくな。」などと申し向けた。

右のような事実が認められ、<証拠省略>のうち右認定に反する部分は、<証拠省略>に照らして、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

4  中野民商会員の所得税の申告状況について

(一)  <証拠省略>によれば、中野民商会員は、昭和三五年三月一二日、所得税の確定申告書二七三件の一括提出を行つたが、そのうちの六〇パーセントは税額零という申告を行つたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  次に、<証拠省略>を総合すれば、今村署長は、昭和三七年七月、中野税務署に赴任後、同署管内の所得税の申告状況を検討していたが、納税者が中野民商に入会すると、その申告所得額が入会前に比べて甚だしく低額になる事例に接したので、調査したところ、次の結果を得たことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(1) 営業所得者(商工業者)及び庶業所得者(医師、弁護士等の自由職業者)の平均申告所得の前年比(昭和三五年分から昭和三七年分)

一般納税者  昭和三五年分 一一三パーセント

昭和三六年分 一一四パーセント

昭和三七年分 一一三パーセント

中野民商会員 昭和三五年分 一〇二パーセント

昭和三六年分 一〇二パーセント

昭和三七年分 一〇三パーセント

(2) 同規模の法人業者についての比較(昭和三七年分)

(イ) 鮮魚商

(区分) (課税申告をした者)(平均所得)(平均所得の前年比)

一般納税者 一四件中一三件    一四万円 一三〇パーセント

中野民商会員  六件中三件 三万六〇〇〇円  八五パーセント

(ロ) 米穀商(課税申告をした者)

一般納税者 一八件中一三件

中野民商会員  四件中零件

(ハ) 事前調査額に対する申告額の割合(昭和三七年分)

一般納税者  一〇一ないし一〇二パーセント

中野民商会員 八〇パーセント

(ニ) 中野民商に加入した直後の申告額の前年比

昭和三五年分 七〇パーセント

昭和三六年分 八一パーセント

昭和三七年分 七九パーセント

四  本件調査の意図について

前記二、三に述べたところによれば、木村国税庁長官が全国の国税局に対し前記のような通達をし、これに基づいて、植松東京国税局直税部長が管内の各税務署長に対し前記のような指示をしたことについては、もつともな理由があるというべきであり、今村署長が、右指示に基づいて、中野民商会員である法人四六件、個人五五件を選定し、本件調査を開始したのは、会員に対する税務調査が会員、事務局員らの調査に対する非協力、妨害等により不徹底となり、その申告水準及び課税水準が一般納税者に比べて著しく低調であつたことから、会員については著しい過少申告がされているとの強い疑いをもち、これを是正することを目的としたものであり、それ以上の他意はなかつたとみるのが相当である。のみならず、本件調査が中野民商の組織を破壊ないし弱体化する意図のもとにされたと目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。

五  本件調査の態様について

1  今村署長の指示等について

<証拠省略>を総合すれば、今村署長は、前記二に認定した植松東京国税局直税部長の指示に基づき、本件調査においては、事前通知を行わないこと、二ないし三名を一組として調査におもむくこと、被調査者本人以外の中野民商会員及び事務局員の立会を拒否すること、反面調査を行うことなどを指示したが、これは、次のような事情によるものであることが認められる。

(一)  事前通知を行わなかつたことについて

事前通知は、本来、調査を円滑に行うためのものであるが、中野民商会員に対する調査について事前通知を行うと、調査の延引が図られたり、納税者本人が調査を承諾しているのに、中野民商事務局員らが調査に立ち会うと称して臨席したうえ、調査妨害等を行つたりする事例が多かつた。そこで、今村署長は、このような事態を避けるため、原則として事前通知を行わないこととした。

また、一般納税者の場合も、従来から営業の現況を把握する必要がある場合等、事前通知を行うことが適当でないと認められる事案については、事前通知が行われていなかつた。

(二)  二ないし三名を一組として調査におもむいたことについて

中野税務署においては、一般納税者についても事案の内容に応じて、適宜二ないし三名の職員を一組として調査をした例があつた。ところで、中野民商会員に対する調査は、従来から事務局員、会員らによる調査妨害等があり、調査の困難な事案にあたり、職員一名で対処することは不適当であつたから、今村署長は、原則として、調査担当者二名を一組として調査を行わせることとした。

なお、三名を一組として調査を行つた例もあるが、これは、集計すべき伝票類が多量であつた酒類販売業者の場合、法人と個人の両者についての調査をする必要があつた診療所の場合、たまたま手がすいていた係員が案内を兼ねて随行した電気器具販売業者の場合の三件にすぎず、いずれも特種な場合であつた。

(三)  本人以外の中野民商会員及び事務局員の立会を拒否したことについて

今村署長は、本件調査開始当初、調査の場所に本人以外の会員、事務局員が臨席しても調査を行う方針をとつていたが、その後、右立会により調査が延引させられたり、妨害されたりする事例が多く、かつ、事務局員のうちには担当係官に対し脅迫的な言動をとるものもあつたため、昭和三八年一〇月ころ、右方針を変更し、右会員、事務局員の立会を拒否して調査を行うこととした。

(四)  反面調査を行つたことについて

(1) 反面調査は、納税者の申告所得額の正否を確認するため、一般的に行われ、特に中野民商会員に限つて行われたものではない。ただ、一般納税者は取引先等を明らかにするのが通例であるのに対し、会員はこれらを明らかにしないことがあり、会員については、反面調査によらざるをえない場合が比較的多数であつた。また、納税者は、往々にして家族や従業員等の名義で預金をする例があるので、これらの者の名義の預金を調査するのもやむをえない場合があつた。

(2) 被控訴人鳥平に関する一斉照会調査の事情は、次のとおりである。

中野税務署においては、同被控訴人の昭和三八年六月期(昭和三七年七月一日から昭和三八年六月三〇日までの事業年度)の法人税確定申告書を検討した結果、その差益率及び所得率が同業者法人と比較して著しく低調であり、売上金額、仕入金額の除外が想定され、過少申告の疑いがあると認められた。そこで、今村署長は、同署法人税課小柳猪三男事務官及び山本事務官に対し、その調査を命じた。小柳、山本両事務官は、まず、昭和三八年九月一〇日ころから同年一〇月末ころまでの間、四回にわたり、同被控訴人方に臨場して調査したところ、同被控訴人代表者の非協力的態度や中野民商事務局員らの後記2、(二)に認定のような調査妨害により調査は難渋した。また、その調査結果により、その仕入勘定に多大の疑問があることが判明したが、臨場調査によつては真実の仕入金額を把握することが困難であると判断された。そこで、同事務官らは、上司とも相談のうえ、職業別電話帳から抽出された東京都内の食鳥肉店約五〇社のうち同被控訴人に対する仕入先と想定される同署管外の両国界わい、千住界わいの一五、六社を選定し、文書により取引の有無及び金額を照会した。

なお、このような調査方法は、当該納税者本人の帳簿書類等により取引先の把握が困難であるが、その取引先の存在が推認される場合には、旧法人税法第四六条に基づき、一般的に用いられる方法であつた。

(五)  応援職員が派遣されたことについて

本件調査当時、中野税務署においては、事務量が増加し、東京国税局から五、六名の応援職員が派遣されていたが、右の応援は、税務署の上級官庁である国税庁の職員がその時々の必要に応じて各税務署の調査等に従事して、その調査能力等を補うものであつて、当時に限らず、随時行われている措置である。

また、右当時、同署には広島国税局からも約八名の応援職員が派遣されていたが、右の応援は、都市集中化の現象による資産税事務の事務量の増加に対処するための応援であり、右応援職員は、本件調査とは全く関係のない資産税事務に従事していた。

右のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

なお、被控訴人らは、中野税務署においては、従来、調査についての事前通知をし、調査は職員一名で行い、中野民商会員や事務局員の立会を認めることが慣行化していた旨主張するので、検討する。<証拠省略>を総合すれば、中野税務署においては、従来、調査についての事前通知をし、調査は職員一名で行い、中野民商会員や事務局員が立ち会つても調査をしていたことが認められるけれども、他方、<証拠省略>を総合すれば、同署においては、従来から右のような取扱が慣行化していたわけではなく、特に中野民商会員や事務局員の立会については、これを容認していたものではないことが認められる。

2  本件調査の実態について

<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  中野税務署所得税第一課所得第二係柳沢武美事務官らは、昭和三六、三七年分所得の調査のため、昭和三八年九月初旬から同年一二月二一日までの間、九回にもわたり、中野区上高田五丁目四六番地酒類販売業寺田安方におもむいた結果、ようやく調査を終了することができたが、これは、同人が種々口実を設けて調査の延期を図つたためにほかならなかつた。

(二)  同署法人税課第二係小柳猪三男事務官は、昭和三七年分所得の調査のため、昭和三八年九月一〇日ころ、同課山本事務官とともに、中野区中野五丁目五三番五号被控訴人鳥平方におもむいたが、同被控訴人代表者飯島登から「帳簿は中野民商事務局に預けてあるから、今日はみせられない。現金出納帳、伝票はあるが、突然来てもみせられない。外出する用もある。」などといわれて調査に応じてもらえず、その後、同年九月一八日ころ、同年一〇月九日ころ及び同月二二日ころの三回にわたり、同所におもむいたが、帳簿の調査をすることができたのは、そのうちの一回にすぎず、その他は右飯島から調査に応じてもらえず、又は臨席した中野民商事務局員の妨害によつて調査を終了することができなかつた。

(三)  同署所得税第二課第三係白井健一事務官は、昭和三七年分所得の調査のため、昭和三八年九月上旬から中旬にかけ三回にわたり、中野区本町通り一丁目二六番地洋服仕立業安藤鎗一郎方におもむいたが、いずれも都合が悪いという理由で調査を拒否されてきたが、更に、同年九月一八日午後一時二〇分ころ、同係神保宣代事務官とともに、右安藤方におもむいたところ、居合せた中野民商の高村有信事務局員は、「お前ら、何度も来てしつこいぞ。本人が都合が悪いといつているではないか。」などとどなり、更に、右安藤にも「こんな奴らにいてもらつては困るから帰つてもらうようにいいなさい。」とあおり、「帰れ、帰れ、さつさと出て行け、この野郎。」などとどなつたため、同事務官らは、調査をすることができずに退去した。次いで、右白井事務官らは、同月二五日午前一〇時一〇分ころ、右安藤方におもむき、右高村らの妨害を受けたが、右安藤が調査に応じたため、調査を進行させることができ、その後同年一〇月八日の六回目の調査をして、ようやく調査を終了したが、その結果によれば、右安藤には申告額の三倍弱の所得のあることが判明した。

(四)  同署法人税課第二係木島祥吉及び同係江副恕各事務官は、昭和三七年分所得の調査のため、昭和三八年九月一三日午後一時ころ、中野区沼袋九〇番地製めん業有限会社大栄軒におもむいた際、臨席していた中野民商事務局員小林正之及び同日置克之らから、「横柄な態度はやめろ。上から下に落ちてもらつてもいいんだぞ。前の川で泳いでもらおうじやないか。泳がせようか。」、「帰りに橋のたもとで待つているからな。」などと、その身体に害を加えられるかも知れないことを暗示する言葉を浴びせられて脅迫された。その結果、右小林及び日置は、公務執行妨害罪により、同年一一月五日、逮捕され、同月二六日、起訴され、昭和四〇年九月二一日、東京地方裁判所において同罪により有罪の判決の言渡を受け、これに対し東京高等裁判所に控訴したが、控訴棄却となり、更に、最高裁判所に上告したが、昭和四三年三月二六日、上告棄却となり、右判決は確定した。

(五)  前記白井及び神保両事務官は、昭和三七年分所得の調査のため、昭和三八年九月下旬から同年一〇月上旬までの間、二回にわたり、中野区沼袋三一八番地洋服仕立業三田一三方におもむいたが、いずれも帳簿書類が中野民商事務局にあるとして、その提出を受けられず、調査を行えなかつたが、同年一〇月三日午前一〇時一五分ころ、同人方におもむいたところ、前記高村事務局員及び佐伯事務局員が臨席していたので、右白井事務官が右三田に対し事務局員には席を外してもらうようにすることを伝えると、右高村事務局員は、「何をいつているんだ。この野郎。おれは憲法二八条の団体交渉権に従つて立ち合つているんだ。お前は憲法を知らないのか。出て行けつて、おれを邪魔にするのか。」などとどなり、右白井事務官がこれを制止したが、応ぜず、大声で同趣旨の暴言をくり返し、右佐伯事務局員もこれに同調するに至つたため、同事務官らは、調査を中止し、右高村及び佐伯各事務局員に対し注意書一通(<証拠省略>)を、右三田に対し注意書一通(<証拠省略>)をそれぞれ交付して退去した。

(六)  同署所得税第二課第三係城井一明事務官及び同係池田信善事務官は、昭和三五年分所得の調査のため、昭和三八年一〇月一八日午前一〇時三〇分ころ、中野区本町通り一丁目二六番地洋服仕立業井上定雄方におもむいたが、同人から「今日は帰つてくれ。忙しいんだ。」などといわれて調査に応じてもらえず、次に、同月二一日も同人方におもむいたが、右と同様に調査を拒否され、更に、同月二四日、同人方におもむいたところ、またも調査に応じてもらえなかつたうえ、中野民商の前記高村事務局員が来て、右城井事務官らに対し大声で「馬鹿野郎、主人が帰れといつているのに、帰らなければ不退去罪だぞ。家宅侵入罪だぞ。われわれには団体交渉権というものがあるんだ。」などといつたり、「公僕のくせに大きなことをいうな。人の家に勝手に来てのさばるな。」などとどなり散らしたので、同事務官らは、調査をすることができず、その後同月二九日の調査の際、帳簿書類の提示を受けて、ようやく調査を終了することができた。

(七)  前記白井事務官及び同署所得税第二課第三係 実事務官は、昭和三七年分所得の調査のため、昭和三八年一二月六日、中野区西町一四番地金物販売業北条安雄方におもむき、同人に帳簿書類の提示を求めたところ、同人は、「帳簿書類は民商に持つて行つてあり、こちらにない。」、「みんな任せてあるんで私は見たことはない。」などと述べ、昭和三七年分確定申告の所得金額については、「みんな民商の人にやつてもらつた。」、「仕入が増えているので申告も増やさなくちやいけないといつたら、高村事務局員が去年と同じくらいでいいよといつて書き入れ、調査をされたら修正すればいいよといわれた。」と返答し、中野民商の過少申告指導の実態を述べた。同事務官らは、その後二回程度、右北条方におもむいたが、いずれも臨席していた前記高村事務局員により調査を妨害された。

(八)  右のように本件調査は妨害を受けたため、中野民商会員についての所得の調査は、個人については昭和三八年九月中、三五件に着手されたが、一一件についての終了をみたにすぎず、しかも、右二件については一〇日以上の日数がかかり、また、法人については、同月中、三〇件に着手されたが、一件も終了させることができなかつた。なお、当時、一般納税者の所得の調査は、一件当り約一日半ないし二日で終了させることができた。

そして、中野民商会員に対する昭和三七年分所得税の事後調査が実施され、完結された件数は一〇七件であるが、その確定した処理結果によれば、申告額に対する調査額の割合は、所得金額で一九四パーセント、税額で五七三パーセントであり、会員の著しい過少申告の実態が示された。

右のような事実が認められ、<証拠省略>の各結果のうち右認定に反する部分はたやすく信用できず、また、<証拠省略>の各結果のうち中野税務署が、本件調査において、中野民商会員のみを対象として強権的に調査をしたとか、調査に名を借りて中野民商からの脱会を勧奨したとか、右脱会をしなければ、修正申告を認めなかつたとか、同署の調査形態が網をかぶせて申告漏れを探しあてるというようなものであつたとかの部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3  結び

以上述べたところによれば、本件調査の態様が中野民商の組織を破壊ないし弱体化するものであつたとみることはできないというべきである。

六  質間検査権に関する規定の合憲性について

<証拠省略>によれば、本件調査は、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二の各規定による質問検査権の行使としてされたものであることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、被控訴人らは、質問検査権を定めた右各規定は憲法に違反する旨主張するので、判断する。

1  憲法第一一条、第一三条違反の主張について

所得税及び法人税の賦課徴収に至る過程においては、税務署その他税務官署による各種処分のされることが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で、職権による調査が行われることは法の当然に許容するところであると解すべきである。

ところで、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二の各規定は、収税官吏において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、所定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行うことができることを認めた趣旨であつて、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な、選択に委ねられているものと解すべきである(最高裁判所昭和四五年(あ)第二一二三九号昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集第二七巻第七号一二〇五頁参照)。したがつて、右各規定は、質問検査権の行使を収税官吏の専断と恣意に委ねたものとはいえず、憲法第一一条、第一三条に違反するものということはできないから、被控訴人らのこの点に関する主張は採用することができない。

2  憲法第三五条、第三八条違反の主張について

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二所定の収税官吏の質問検査は、専ら租税の公平確実な賦課徴収のために必要とされる資料の収集を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものではなく、更に、この場合の強制の態様も、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度のものではない。したがつて、右各規定所定の質問検査が、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、憲法第三五条の法意に反するものとすることはできず、また、右各規定が憲法第三八条第一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできない(最高裁判所昭和四四年(あ)第七三四号昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集第二六巻第九号五五四頁参照)から、被控訴人らのこの点に関する主張は採用することができない。

3  憲法第三〇条、第八四条違反の主張について

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二所定の収税官吏の質問検査の趣旨が前記1に述べたようなものである以上、右各規定による収税官吏の権限の行使は、その各規定の解釈上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には許されないものであつて、この意味において、収税官吏の権限の行使には法律の規定による制約があるものということができる。したがつて、収税官吏の権限の行使について明文上の規律がないことを前提として右各規定が違憲であるとする被控訴人らの主張は採用することができない。

4  憲法第三一条違反の主張について

被控訴人らは、旧所得税法第六三条の「納税義務者」及び「納税義務があると認められる者」の概念が不明確であり、同条及び旧法人税法第四五条ないし第四六条の二の各規定による質問検査の必要性の有無の判断にあたつての客観的な基準が示されておらず、その必要性の有無は収税官吏の主観的、一方的な判断に委ねられているから、右各規定は憲法第三一条に違反する旨主張する。

しかし、旧所得税法第六三条所定の「納税義務者」とは、課税要件がみたされて客観的に納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者及び当該課税年が開始して課税の基礎となる収入の発生があり、将来終局的に納税義務を負担するに至るべき者をいい、「納税義務があると認められる者」とは、調査権限のある収税官吏の判断によつて右の納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうのであり、また、旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二所定の「必要があるとき」とは、具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合をいうものと解するのが相当である(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)。したがつて、右各規定の概念には被控訴人ら主張のような不明確な点はないものというべきであるから、被控訴人らの前記主張は失当であるといわざるをえない。

七  本件調査の適否について

被控訴人らは、本件調査における質問検査権の行使が旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二所定の要件を欠く旨主張するので、判断する。

1  調査の対象者について

(一)  旧所得税法第六三条第一号は、質問検査の相手方として、「納税義務者」及び「納税義務があると認められる者」を規定しているが、前記六、4に述べたとおり、「納税義務者」とは、課税要件が満たされて客観的に納税義務が成立し、いまだ最終的に適正な税額の納付を終了していない者及び当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があり、将来終局的に納税義務を負担するに至るべき者をいい、「納税義務があると認められる者」とは、収税官吏の判断によつて右の納税義務がある者に該当すると合理的に推認される者をいうものと解されるから、申告税額を納付した者、確定申告をした者であつても、申告税額、確定申告の内容が適正なものでなければ、納税義務者であることには変りがなく、質問検査権の行使の対象となりうるというべきである。

また、旧所得税法第七二条第一項所定の処罰の対象者からみて、右納税義務者の代表者、代理人、使用人その他の従業者も質問検査の対象者となることは明らかであるというべきである。

更に、前記二、2に述べたところからすれば、本件調査のうち所得税に関する調査は、主として、確定申告期限後に行われた調査であつて、事後調査にあたる。ただ、<証拠省略>によれば、本件調査においては昭和三八年一一月九日ころから約一週間にわたり所得税に関し、事前(暦年終了前)の調査である、いわゆる概況調査がされたこと、右調査の対象については、収税官吏が入手した課税資料、収税官吏の経験等からみて、営業者の同年における営業状況、所得状況を把握しておく必要があると認められたもののうち調査優先度の高いものが選定されたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、旧所得税法第六三条の規定の解釈上、暦年終了前又は確定申告期間経過前であつても、質問検査が許されないものではない(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)から、いわゆる事前調査も違法ではないというべきである。

(二)  旧法人税法によれば、法人税の場合は、非課税法人を除いたすべての法人が、所得の有無にかかわらず、記帳、決算の義務を負い、確定した決算に基づいて申告書を提出しなければならないとされているから、右法人が質問検査の相手方となると解すべきである(旧法人税法第四五条)。

また、旧法人税法第五一条第一項所定の処罰の対象者からみて、右法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者も質問検査の対象者となることが明らかであるというべきである。

更に、前記二、2に述べたところかすれらば、本件調査のうち法人税に関する調査は、主として、昭和三八年七月から昭和三九年六年までの事業年度についての調査であつて、事業年度終了前の調査である。また、<証拠省略>によれば、本件調査においては、昭和三八年一一月一二日、中野民商会員であつた大管工業株式会社に対し、昭和三七年一一月から昭和三八年一〇月までの事業年度の法人税に関し、事前(事業年度終了後確定申告期間経過前)の調査である現況調査がされたこと、右調査は同会社の前事業年度に問題があつたため、帳簿の記帳状況、現金管理、たな卸し等の現況を把握するために行われたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、旧法人税法第四五条の規定の解釈上、事業年度終了前又は確定申告期間経過前であつても、質問検査は許されないものではないと解するのが相当である(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定参照)から、いわゆる事前調査も違法ではないというべきである。

(三)  そして、本件調査については、質問検査が右に述べた対象者に該当する者以外の者に関してされたことを認めるに足りる証拠はない。

2  調査の必要性について

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二に規定する「調査について必要があるとき」とは、前記六、4に述べたとおり、具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合をいうのである。そして、確定申告後に行われる所得税又は法人税に関する調査については、適正、公平な課税目的の実現という質問検査制度の目的からみて、確定申告にかかる課税標準又は税額等が過少であるとの疑いが認められる場合に限られず、広く右申告の適否、すなわち申告の真実性、正確性を調査するために必要がある場合も「調査について必要があるとき」に含まれるものと解するのが相当である。

そして、前記二、2、(二)、三、1、3、4、五、2、(八)及び七、1に述べたところからすれば、本件調査のうち暦年若しくは事業年度終了前又は確定申告期間経過前にされた調査は、中野民商会員らの従来の申告水準が他の納税者に比して著しく低額であつたという事情等にかんがみ、行われたものであり、また、本件調査のうち所得税に関する事後調査は、中野民商会員らの確定申告にかかる課税標準又は税額等が過少であるとの疑いが存したために行われたものであつて、いずれも調査をする必要性が存在した場合に行われたものというべきである。

3  調査実施の細目等について

旧所得税法第六三条、旧法人税法第四五条ないし第四六条の二は、質問検査の範囲、程度、時期及び場所等その実施の細目については、格別の定めをしていないが、前記六、1に述べたとおり、これら調査方法の細目の選択については、前述のような質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、収税官吏の合理的裁量に委ねられているものと解すべきである。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知等も、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではないと解するのが相当である(前記最高裁判所昭和四八年七月一〇決定参照)。

右のとおりであるから、前記五、1、(一)ないし(四)に述べたような調査の事前通知をしなかつたこと、二ないし三名を一組として調査をしたこと、立会の拒否をしたこと、反面調査をしたことはもとより、本件調査における調査の範囲、程度、調査の理由及び必要性の個別的具体的な告知については、当該調査にあたつた収税官吏の裁量事項であるというべきである。

ところで、被控訴人らは、本件調査は客観的な調査の必要性がなくしてされたものであるうえ、納税者の営業活動や私生活の平穏を著しく侵害するものであつて、社会通念上の相当性を欠く旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、すでに判示したところからすれば、本件調査については、質問検査の必要性と社会通念上の相当性が是認されるから、調査方法の細目の選択の点で、本件調査が違法であるということはできない。

4  被控訴人鳥平に対する一斉照会調査と名誉毀損について

被控訴人らは、今村署長の被控訴人鳥平に対する一斉照会調査が同被控訴人の名誉を毀損した旨主張するが、前記七、3に述べたとおり、右調査は違法ではないのみならず、前記五、1、(四)、(2)に述べたところからすれば、右調査は、同被控訴人に対する仕入先と想定される者に対し、文書により、取引の有無及び金額を照会したものであり、これにより同被控訴人が脱税をしているとの事実を直ちに推測させるものということはできないから、同被控訴人の名誉を毀損するものではないというべきである。したがつて、被控訴人らの右主張は採用することができない。

5  結び

前記四、五に述べたところからすれば、本件調査は、その意図及び態様において、中野民商の組織を破壊ないし弱体化するものではなかつたうえ、その調査方法等も前記1ないし3に述べたとおりであるから、本件調査における質問検査権の行使は、適法なものというべきである。

八  本件文書送付について

1  本件文書送付に至る経緯について

(一)  前記五、2に述べたとおり、本件調査は、昭和三八年九月に開始されたが、中野民商事務局員らを中心とする激しい調査妨害により著しく難航し、所得税に関し同月中に調査に着手した三五件のうち同月中に調査が終了したのは一一件にすぎず、しかも、これらについては、いずれも一〇日以上の調査日数を要し、また、法人税に関し同月中に調査に着手した三〇件については、同月中に調査が終了したものはなかつたのである。

更に、<証拠省略>を総合すれば、中野民商は、本件調査を不当調査であるとして、昭和三八年九月から同年一〇月にかけて、その旨の宣伝ビラ等を広く中野区内の街頭で配付、掲示したほか、同年一〇月一三日には、他の諸団体の支援のもとに、不当調査反対のスローガン等を掲げて自動車パレードを行つたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(二)  次に、<証拠省略>を総合すれば、今村署長は、前記のような調査妨害を排除し、本件調査の進ちよくを図るため、中野民商の会長である被控訴人河田に対し、昭和三八年九月三〇日付をもつて、調査妨害等の中止を要請する旨を記載した信書を送付したほか、当時、調査が特に難航していた安藤鎗一郎ほか四名の中野民商会員に対しても、同日付をもつて、調査に協力することを要請する旨を記載した信書を送付したこと、しかるに中野民商は、右会長あての信書に対しては、会長名義の同年一〇月三日付文書をもつて、本件調査を「強権的、警察権力的越権行為」であると非難し、本件調査に対しては徹底的に戦い抜く決意である旨を回答して、同署長の右要請を無視し、依然として調査妨害等をやめず、これとともに前記(一)の認定のような本件調査を不当調査とする宣伝活動を展開してきたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

2  昭和三八年一〇月二八日付文書送付について

(一)  今村署長が昭和三八年一〇月二八日ころ、有限会社渡辺瓦店ら中野民商会員の一部に対し「当署はこのような反税的団体を相手にすることはできません。したがつて、商工会の介入を排除しない限り、あなたの調査は解決がつかず、いつまでも現在のような状態がつづくことになります。必要な調査はあくまで実施しなければならないのです。」、「なおあなた自身の本当の気持を電話でもなんでも結構ですから税務署あてお聞かせ下さい。」との記載がされた同日付文書を送付したことは当事者間に争いがない。

(二)  右当事者間に争いのない事実と<証拠省略>を総合すれば、今村署長は、昭和三八年一〇月後半に至つても本件調査が円滑に進行しないので、これを打開するため、中野税務署における広報活動の一つとして、東京国税局の植松直税部長とも相談したうえ、前記(一)の文書を作成し、当時、調査が特に難航していた有限会社渡辺瓦店ほか三社の中野民商会員に対し、直接右文書を送付したこと、今村署長は、右会員らに対し、右文書によつて、直接その気持を訴え、中野民商の不当な介入を排除して調査を受けてもらいたいこと及び税務署を信頼して納税の義務を果たしてもらいたいことを要望したものであることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3  昭和三八年一一月六日付文書送付について

(一)  今村署長が昭和三八年一一月六日ころ、中野民商会員に対し「同会は依然として反税的な行動をとつており、納税者の帳簿書類を事務局へ引上げたり事務局員や他の会員を調査に立会わせようと強調したりして調査を妨げて来ました。このような数々の事実は、中野民主商工会が会員に間違つた考えを植えつけ、税務行政を計画的に妨害しようとして来たことをはつきり示しており、所得税法ないし法人税法に対する悪質な違反行為であります。」、「特に中野民主商工会は、これまで述べましたような反税的な行為を組織的に行つている団体ですから、税務署としましては同会の事務局員等の立会は、絶対認めませんし、同会との話し合いの上で調査を行うことなどは全く考えておりません。会員に対して『事前通知』を行わないのも調査に対して同会の事務局員等の不当な介入を排除することが主な目的です。」との記載がされた同日付文書を送付したことは当事者間に争いがない。

(二)  右当事者間に争いのない事実と<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

今村署長は、その後昭和三八年一一月に至つても本件調査がなお円滑に進行しないので、これを打開するなどのため、更に、前記広報活動の一つとして、東京国税局の植松直税部長とともに、その文案を検討したうえ、前記(一)の文書を作成し、これを直接中野民商会員(当時、中野税務署において会員であると認識していた者に限る。)に対し送付した。今村署長は、右文書の送付により本件調査の行き詰まりを打開すること本件調査が適法にされており、中野民商の調査妨害及び指導宣伝等が違法不当なものであることについて中野民商会員の理解を深め、今後の調査における法律違反行為が発生することを予防すること、これにより調査に従事する職員に起りうる危難を回避し、その身の安全を確保することを意図した。

右のような事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、今村署長は、右会員らに対し、右文書により、直接、事前通知や立会等、税務調査をめぐる事項についての中野民商の見解及びこれに基づく指導宣伝が誤りであることを指摘するとともに、これらについての税務当局の所見を表明し、かつ、税務当局の真意は公正な税務行政を遂行することにあることを伝達し、中野民商会員たる納税者に調査への協力方を要請したものというべきである。

4  本件文書送付の意図、手段等について

(一)  本件文書送付の意図について

前記1ないし3に述べたところによれば、今村署長が中野民商会員に対し直接本件文書を送付したのは、昭和三八年九月以降、会員に対する本件調査が会員の非協力、事務局員らの調査妨害等により遅々として進行せず、また、税務行政の正常な運営が阻害される事態もあつたので、かかる事態を改善するため、中野税務署の適正な税務執行への協力方を要請することを目的としたものであり、それ以上の他意はなかつたとみるのが相当である。のみならず、本件文書の送付が中野民商の組織を破壊ないし弱体化する意図のもとにされたと目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  本件文書送付の手段等について

次に、前記1ないし3に述べたところによれば、中野税務署における前記(一)記載の昭和三八年九月以降の事態にかんがみ、今村署長がその対策として、中野民商会員に対する文書送付を必要と判断したことは、税務行政について適正な運営を図るべき職責を負うものとして、やむをえない措置であるうえ、会員に限り、信書送付という手段をとつたこと自体は妥当な手段であつたというべきである。

そして、税務署長は、国税の賦課、徴収を主たる職責とするものである(大蔵省設置法第四条、第二八条、第四七条参照)ところ、右職責上からして、税務行政の適正円滑な運営を図るため、その妨害を排除することはもとより、税務行政の運営についての税務当局の立場及び法令の解釈等を示して納税者の理解を深めること等の諸措置を講ずることも、その権限に属するものということができる。また、税務署長が必要に応じて信書を納税者に送付すること自体も右措置の一つに含まれるものと解するのが相当である。

5  本件文書送付と名誉毀損の成否について

(一)  中野民商に対する名誉毀損について

被控訴人中野民商は、前記一一月六日付文書の送付により、同被控訴人の名誉が違法に毀損された旨主張するので、検討する。

たしかに、前記3、(一)に述べたとおり、今村署長は、右文書において、中野民商について「反税的な行為を組織的に行つている団体」という文言を使用しているが、右文言は、納税義務を不当に免れ、又は軽減しようとする活動をする団体を意味するものと解されるから、右のような表現をしたことのみを切り離して考えれば、必ずしも適切な表現をしたものとはいえず、右文書の送付が中野民商の名誉、信用を毀損するおそれのある行為であることは否定できない。

しかし、自己の正当な利益を擁護するため、やむをえず、他人の名誉、信用を毀損するような言動をしても、かかる行為がその他人が行つた言動に対比して、その方法、内容において適当と認められる限度を越えない限り、違法性を欠くものと解すべきである(最高裁判所昭和三四年(オ)第一〇一九号昭和三八年四月一六日第三小法廷判決・民集第一七巻第三号四七六頁参照)。そして、この理は、私人の行為による名誉、信用の毀損の言動の場合のみならず、行政上の職務執行上の言動についても妥当するものというべきである。けだし、法令に基づく行政上の職務執行の場合においても、これを妨害する者の違法不当な言動から適正な職務執行を擁護しなければならない要請は右職務執行の公共性からしても否定できないからである。

そして、本件においては、すでに判示したところから明らかであるように、昭和三八年九月以降、会員に対する本件調査が会員の非協力、事務局員らの調査妨害等により進ちよくせず、また、税務行政の正常な運営が阻害される事態もなかつたとはいえないのである。そこで、今村署長は、会員の協力を得て、右のような事態を改善し、中野税務署の適正な税務執行を維持し、擁護するためには、中野民商側の右のような行為を放置することができないと判断し、これに対抗するため、やむをえず、右文書送付の行為に出たものというべきである。

以上の諸事情を合わせ考えれば、右文書の表現に、前述のように、必ずしも適切でない文言があつたとしても、右文書の送付は、違法性を欠くものというべきである。したがつて、被控訴人らの右主張は採用することができない。

(三)  被控訴人河田及び同鳥平に対する名誉毀損について

次に、右被控訴人らは、前記一一月六日付文書送付により、中野民商会員である被控訴人河田及び同鳥平の名誉が毀損された旨主張するので、検討する。

被控訴人らの主張は、中野民商やその事務局員に対する誹謗が直ちに会員である被控訴人河田及び同鳥平の名誉を毀損するというのであるが、中野民商とその会員である右被控訴人らとは別個の人格であるから、たとい会員である右被控訴人らの勢力が強く、中野民商に対する支配力が大きかつたとしても、中野民商の名誉が害されたことをもつて、右被控訴人らの名誉が当然に害されたということはできない(前記最高裁判所昭和三八年四月一六日判決参照)。

のみならず、今村署長が右文書により直接右被控訴人らの名誉を毀損したことを窺知できるような事実の主張及び立証はなく、すでに判示したところと<証拠省略>によつても、右文書の内容は、中野民商が反税的活動をする団体であると表現しているにとどまり、個々の会員の名誉を毀損するものであると認められないことが明らかである。したがつて、右被控訴人らの右主張は採用することができない。

九  本件調査及び本件文書送付と結社権の侵害の成否について

1  被控訴人らの結社権について

結社の自由とは、共同の目的をもつ多数人が一時的又は継続的に団体を形成すること並びに形成された団体がみずから、また、その構成員である多数人が当該団体を通じて、それぞれの意思を表現することの自由を意味するものと解するのが相当である。憲法第二一条は、結社の自由を保障しているが、その保障する内容は、公権力が、原則として、私人の団体形成行為又は結成された団体の意思形成行為を抑制したり、これに介入したりしないことであり、公権力の介入行為には、結成された団体の解散又は弱体化を招来する行為も含まれるものと解される。

ところで、前記一に述べたとおり、昭和三八年当時、中野民商は、いわゆる法人格なき社団であり、被控訴人河田及び同鳥平は、その会員であつたから、中野民商は団体自身として、また、被控訴人河田及び鳥平は中野民商の構成員として、それぞれ右に述べたような結社の自由を有したものというべきである。

2  被控訴人らの結社権の侵害について

被控訴人らは、本件調査及び本件文書送付により被控訴人らの結社の自由が侵害された旨主張するので、検討する。<証拠省略>を総合すれば、中野民商の会員数は、本件調査が開始された昭和三八年九月ころ当時は約一二〇〇名であつたが、本件調査及び本件文書送付後には脱会者があり、約六〇〇名に減少したことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。ところで、団体の構成員が減少すれば、その団体が弱体化し、団体意思の表現が他に及ぼす影響力は小さくなり、その結果、団体及びその構成員が意思を表現する方法が弱められることになるから、団体の構成員を減少させる行為は、結社権の侵害の一態様と解するのが相当である。

しかし、本件調査及び本件文書送付の結果として、前述のとおり、中野民商の会員数が減少したとの点については、<証拠省略>に照らし、たやすく信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

右のとおりであるから、被控訴人らの意思を表現する方法が中野民商会員の減少により弱められたとしても、右事実と本件調査及び本件文書送付との間には、法律上、相当因果関係があるものということはできない。そして、他に本件調査及び本件文書送付により被控訴人らの結社の自由が侵害されたと目しうる事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被控訴人らの前記主張は採用することができない。

一〇  結論

以上の次第で、本件調査及び本件文書送付により、被控訴人らの結社権及び名誉権が違法に侵害されたことを前提とする被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当として、棄却すべきである。

よつて、これと異なる原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 枡田文郎 齋藤次郎 佐藤栄一)

別表 集団強請明細表

年月日

(昭和年月日)

時間(時・分)

人員

抗議・要求等の内容

二七・三・一一

一一・〇〇~一四・〇〇

支部長以下三六名

所得税課税についての陳情

四・一四

一〇・三〇~一二・一五

二四名

公開質問状の提出

五・一四

河野貞三郎以下二九名

集団強請

六・一三

一一・〇〇~一二・二〇

同四〇名

企業組合員の申告事前承認書提出

六・一七

一〇・二〇~一二・二〇

中沢書記以下四一名

企業組合の所得更正決定についての陳情

六・一九

一二・二〇~一五・三〇

小川会長以下三名

差押についての要求

六・二七

同一二名

所得税再調査についての要求

七・七

中沢書記以下二名

加藤時治滞納の件についての要求

八・三〇

九・三〇~一二・二〇

宮敬三以下二九名

予定申告事前承認、滞納差押についての要求

九・二五

九・三〇~一二・一〇

二一名

滞納税免除についての要求

一一・一四

一四・〇〇~一五・〇〇

春原理事長以下三〇名

滞納処分中止等についての要求

一一・二五

一〇・〇〇~一三・〇〇

宮敬三以下五四名

年末年始調査・徴収反対申入書提出

二八・二・二五

一四名

共栄企業組合の判定通知に対する異議申立

二・二七

一〇・〇〇~一一・二〇

赤岩理事長以下二一名

右同

三・五

一〇・〇〇~一四・〇〇

小川会長以下約六〇名

北川署長、小林係長の罷免要求等

三・一〇

一〇・五〇~一一・二〇

赤岩支部長以下約八〇名

共栄企業組合に対する判定通知書の返戻

四・二

一〇・〇〇~一四・〇〇

小川会長以下約八〇名

総会決議文の提出、更正決定通知書の返戻

四・二七

一〇・〇〇~一三・〇〇

同約四〇名

更正決定と酒類販売免許に関する抗議等

六・四~六・一二

九・〇〇~

中沢書記ら一〇数名

再調査事案についての陳情

六・二二

九・三〇~一三・三〇

小川会長以下三九名

所得税再調査に対する抗議

七・一

一四・〇〇~

赤岩支部長以下二一名

企業組合員の一斉調査に対する抗議

七・二八

一〇・〇〇~一一・一五

新家安太郎以下約二〇名

更正決定に対する抗議

八・八

一〇・三〇~一一・二〇

宮敬三以下六名

再調査請求書の提出

八・三一

藤原忠治以下三名

所得税見積額通知書二九通の返戻

九・二九

一〇・三〇~一三・三〇

小川会長以下一一名

所得税課税と酒類販売免許についての抗議

三一・三・一二

一三・一五~一四・三〇

三名

第九回総会決議文の提出

一二・二四

一四・三〇~

三名

企業組合異議申請

三二・四・二三

一三・三〇~一五・三〇

五二名

所得税調査に対する抗議

三三・二・二七

一〇・四五~一一・五〇

石井会長以下約六〇名

税務行政に対する抗議

六・一八

一三・五五~一四・三〇

同一四名

新署長の方針等についての要求

八・一

一五・〇〇~一六・〇〇

同一〇名

職員の態度等に対する抗議

八・八

一〇・三〇~一一・〇〇

武中事務局長以下三名

企業組合の課税に対する抗議

一一・二六

一四・二〇~一五・三〇

石井会長以下四八名

所得税課税等に対する抗議

三四・三・四

一〇・一五~一二・四三

同六六名

確定申告についての要求

三・一二

一〇・四五~一一・〇〇

同約五〇名

決議文の手交

四・一五

一〇・三五~一一・五〇

同三六名

所得税課税についての要求

八・一九

一六・四〇~一七・五〇

同九名

資料照会等についての要求

一〇・一〇

一一・〇〇~一二・一五

小川前会長以下一九名

所得税の調査態度等に対する抗議

一一・二七

一〇・三〇~一二・三〇

石井会長以下三六名

所得税等に関する陳情等

三五・三・一二

一〇・三〇~一二・一〇

同二一〇名

税務行政の民主化等についての要求

六・一八

一〇・二五~一二・〇〇

同一六名

法人税調査に対する抗議

九・五

一〇・二〇~一二・三〇

同四三名

所得事項照会に対する抗議等

九・一九

一〇・〇〇~一〇・五二

同一五名

更正決定、調査等に対する抗議

一一・二五

一〇・二〇~一二・四〇

同六二名

法人税調査等に対する抗議

三六・三・二

一一・一〇~一二・一五

同八〇名

昭和三五年分確定申告に対する抗議

三・一三

一〇・三〇~一二・三〇

同一三〇名

決議文の手交、自家労賃分離課税等の要求

五・一〇

九・〇〇~一〇・〇〇

相馬以下一〇名

入場税の課税に対する抗議

五・二九

九・一五~一〇・〇〇

二名

改正税法の説明会開催の申入

八・八

一〇・三〇~一一・三〇

石井会長以下三二名

事後調査の事前通知等についての要求

一二・六

一〇・五〇~一一・五〇

小川前会長以下一六名

年末年始の徴税等についての要求

三七・二・一六

一一・二〇~一二・二五

会長以下四八名

確定申告等に対する抗議

三・一五

一一・〇〇~一二・〇〇

同一〇六名

確定申告書五六〇通一括提出、申告是認等の要求

八・二四

一〇・四〇~一一・四〇

河田会長以下二〇名

行政方針等についての要求等

一〇・二〇

一〇・三〇~一三・〇〇

中野民商幹部ら一二名

法人税調査に対する抗議

一〇・二二

一五・五三~一六・一二

益田事務局長以下三名

右同

一二・一二

一〇・三〇~一〇・三五

河田会長以下一六名

年末年始の調査についての要求、所得税調査に対する抗議

三八・二・二五

一〇・四五~一三・〇八

同約一三〇名

報道関係者を伴つての乱入

三・一三

一〇・五八~一一・一七

益田事務局長以下約八〇名

決議文の朗読、申告書の一括提出

七・二三

一〇・一五~一一・一五

河田会長以下一五名

所得税調査等に対する抗議

(注)昭和二八年一〇月から昭和三一年二月までの間も中野民商による集団強請の事実は存在する。

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